遺伝子組み換えで飢餓は救えない

週刊金曜日』2003年7月11日発行No. 467 18〜19ページ掲載
平賀緑 著

※これは著者が所有している編集前原文です。

<リード>
9月のWTO会議を前に「世界飢餓を救うため」との謳い文句でGMOを押す宣伝攻撃が広げられている。心情的に「餓えている人たちは食べ物がまずないのだから」と許容しがちだ。しかしGM技術は第三世界の貧しい人々を助けるどころか飢餓問題を悪化しかねないと、詳細な調査に基づいた報告書や南の声を伝える警告が次々と発表されている。その要旨をまとめた。

<本文>
「GMか、餓えか」2002年に食糧危機に襲われた南部アフリカ諸国がGMを含む食糧援助を断ったとき、米国は途上国政府を激しく非難した。また米国は今年5月にEUのGM輸入規制が世界貿易機関(WTO)のルールに違反するとしてWTOに提訴し、欧州がGM食品を拒絶しているために欧州を主要輸出先としているアフリカ諸国がGMを導入できないのだとも非難している。

世界で8億人が餓えているとき、食べ物がないのだからGM技術で収穫を増やすべきだとか、GM技術で栄養価を高めるべきだなどと宣伝されている。またGM食品でも食べ物がない人のためには仕方がないと心情的に許容しがちな声も聞かれる。

しかし今日の世界には穀類だけで全人口に毎日3,500カロリーを提供できる量が生産されている。国際連合世界食糧計画(WFP)がまとめた「ハンガーマップ もう一枚の世界地図」にも「世界には、世界中の人を養うのに充分な食糧があります」と明記しているように食糧が不足しているから飢える人がいるのではなく、世界には食糧が過剰にあるのに経済的・社会的な構造上の問題で飢餓が蔓延していることは国際機関やNGOたちから指摘されていた。しかもGM作物は収量が減少する例も以前から報告されている。

それでもGM推進派は飢餓緩和のためにGM技術が必要だとの宣伝を止めようとはしない。今、「飢餓緩和」の名目を使いGMの市場開拓の偏った宣伝活動を押し進める米国政府とアグリビジネスに対して、途上国問題に長年取り組んできたNGOたちが反論を次々と発表し始めた。

貧困問題に過去30年間取り組んできた英国のNGO「アクションエイド」はアジア、アフリカ、ラテンアメリカ13カ国における調査をまとめた報告書『GM作物 - 食糧に反する動き』を5月28日に発表した。「英国市民は途上国の人のためとの謳い文句にだまされてGMを許容するべきではない。GM技術は世界の飢餓問題の解決策を提供しない。貧しい人たちが真に必要としているのは、土地と水資源、作物を市場に運ぶための道路、教育、ローン制度へのアクセスだ」とアクションエイドの政策担当者マシュー・ロックウッド氏は述べている。

「遺伝子組み換え(GM)技術を大幅に採用することは食糧危機の根元原因を悪化させ、飢餓を緩和させるのではなく餓える人々を増加する可能性が大きい」と結論づけた報告書の要旨をいくつか紹介する。

■「GMに関する研究のうち、途上国の貧しい農民向け作物の研究は1%しか行われていない」

GM農業の発展を押し進めてきた原動力は、貧しい農民のためではなくアグロ化学企業の利益のためだった。GM種子市場のほとんどを握っているモンサント、シンジェンタ、バイエルクロップサイエンス、デュポンの多国籍企業4社は化学農業資材と種子とで2001年に合計216億ドルの売り上げを上げている。

2002年に世界で商業的に栽培されたGM作物のうち、99%はトウモロコシ、綿花、菜種、大豆だった。綿花を除くこれらの作物は主に家畜の飼料とされ、大豆と菜種油は加工食品に多く使われている。一方、貧しい農民が生活の糧に栽培しているテフ(北アフリカのイネ科の穀草)、キビ、ヤム芋、キャッサバ、カウピー、キノア、その他の土着の野菜や根菜などはほとんど研究されていない。

例えばアフリカにおけるGM研究は切り花や果物、野菜、綿花、たばこなどの輸出用作物に多い。これらはケニヤや南アフリカ、ジンバブエの商業用プランテーションで大規模に栽培されている作物だ。ケニヤではGM・非GMを含む植物に関する申請特許のうち、食用作物に関する申請は136件に1件しかなく、申請特許の半分以上はバラに関する物だ。アジアのフィリピンにおいてもGM研究は輸出品目のグローバル市場における競争力を高めることを目的として、主にマンゴやパイナップル、バナナなどで研究が進められている。

■GM作物は貧富の差を拡大しかねない

途上国において大規模かつ商業的な生産者にGM作物が広まると、小規模生産者や貧しい農民をさらに極地に追いつめることが懸念されている。例えば時期を合わせて一斉に熟すよう遺伝子操作されたコーヒー豆は、人手に頼っていた収穫作業を機械が行うことを可能とし、それまで農場で働いていた労働者が職を失う結果を招きかねない。またアルゼンチンでは大規模生産者が除草剤耐性のGM大豆を導入して競争力を強めたことにより、それだけの資金を持たない小規模生産者が市場から閉め出された例が報告されている。

GM技術による「代替作物」の開発も途上国の農民の生活を脅かしている。例えばキャノーラ油はGM技術により途上国が主に生産してきたココナッツ油やパーム油の代用となれる特性を得ている。バニラやココアなどの熱帯性作物も「GM代替」の危険性が強い。アクションエイドは1999年に英国のマーズ社が西アフリカのココア豆からココア・フレーバーの特許を2つ持っていること、またデュポン社がココア・バターの代用にできる遺伝子の特許を持っていることを確認している。

■GM作物は途上国農民の基本的権利を脅かす

世界では14億人が自家採種した種子に依存している。その90%はアフリカの農民であり、特に女性が自ら種子を保存することで生活を支えている。しかしGM種子は数世紀に渡り行われてきた採種と種子交換の慣習を脅かし、貧しい農民たちの生活の糧を崩す恐れがある。

GM種子を購入し使う前に、生産者は企業に対して特許料もしくは技術料を支払い、種子を採種もしくは再播種しないと誓い、その栽培には同社製の化学資材を使い、企業が自由に調べに来ることができるとの契約を結ばなくてはならない。この契約は先進国でも問題になっているが(シュマイザー氏の記事参照)、文字を読むこともままならず正しい情報を得る手段も乏しい途上国の農民たちにとっては、複雑な契約の内容と効力を正確に理解すること自体難しい。

■規制の欠如もしくは監視能力の不足

バイオ・セーフティ規制が整っていればこれらの問題や生物多様性への損傷をある程度防ぐことはできるかも知れない。しかし途上国の多くはこのような規制を持たず、またその規制を作り上げる能力も乏しい。例えばザンビアでは政策作成の経験も遺伝子組み換え技術に関する知識もないスタッフ1人が国のバイオ・セーフティ方針を書き上げる責務を担っている。

たとえ規制が作られても、その規制を監視する資源も能力も足りない国では規制が効果をなしていない。ブラジルではGM作物の商業的栽培が禁止されているにもかかわらずアルゼンチンから持ち込まれたGM大豆が厖大な地域で栽培されていた。パキスタンでは不法に栽培されたGM綿花による影響をアクションエイドが調査している。収穫を増やす「魔法的な種子」だと言われ闇市場でGM種子を買った数百人もの農民たちは、収穫の約70%を失う大損害を被った。

■途上国内でも政府・企業と国民の利害が対立

バイオテク企業たちはしばしば第三世界からの発言者を招き、途上国の人々がGMを要求していることを見せびらかしている。しかし途上国内部でも政府や企業、大規模生産者と一般国民および貧しい人々との間には利害が対立している。

米国のNGO「食糧第一:食糧と開発のための政策研究所(Food First)」と「農薬アクションネットワーク(PAN)」は『南からの声』を6月20日に発表した。その中で「第三世界の人々がGM作物を要求している」との神話に対し、実際の第三世界の農民たちのGM反対と怒りの事例を伝えている。

例えばインドネシアでは2001年にスラウェシ南部で600人の農民が普及員から「収穫が増え利益が上がる」と言われてモンサント社のBt綿花を栽培した。しかし実際は約束された量の収穫があがらず、しかも企業からは合意した収量に達していないからと綿花の買い取りを拒否され、絶望と怒りから農民たちはGM綿花に火を付けた。

他にもラテンアメリカの農民たちによるGMO反対の声明、フィリピンでは800人の反対者がミンダナオ島のモンサント社試験農場からBtコーンを引き抜き、ニュージーランドではマオリ族の人たちがGE技術に対戦を宣言した動きなど、世界各地でGMに反対している農民の声を伝えている。

■食糧は不足していない
「地球の友インターナショナル」は5月23日『飢餓をもてあそぶ - GMO食糧援助の裏に隠れる真実』を発表した。この報告書では援助の名の下にGM作物を途上国に滑り込ませている様子が示されている。

「『GM食品を食べるより飢え死にした方がいいのか?』南部アフリカで食糧危機が起こるたび問われるが、これはGM食品以外に食糧がないとのシナリオで問われている。このシナリオは正しくないことは実証された。他の選択肢はある - 食料援助に使える非GM食品は大量に用意されていたし、実際日本やEU諸国など他の寄付国によって提供された」と報告書は伝える。

例えば2002年にザンビアがGM食糧援助を断って自国民を飢え死にさせるのかと非難されたとき、ザンビア国内には飢餓地域までの輸送経費さえ援助してもらえれば飢えている人に提供できるキャッサバなどの食糧があった。

さらにNGO「第三世界ネットワーク・アフリカ」は6月24日『サハラ以南アフリカにおけるGM作物と持続可能な貧困緩和』を発表。アフリカの飢餓緩和にGM技術は適さないと結論づけた。

■それでもスピンは続く

しかし米国政府もアグリビジネスもGMOスピン攻撃の手を緩めていない。ブッシュ大統領は「飢餓に脅かされている大陸のために、欧州政府がバイオ技術への反対を止めることを強く願う」と6月23日バイオ技術産業組織(BIO)の会場で繰り返した。業界組織であるBIOにはGMO推奨のために年間2億5,000万ドルの予算がある言われている。

同じ日、サクラメント市には米国農務省、国際開発庁、国務省が300万ドルの国税を費やして112カ国からの農務、科学、環境大臣たちを招待し「農業科学技術の大臣会議および展覧会」を開催した。9月のWTO会議を前にGMO政策と自由貿易政策に関して米国への支持を得るためのショーとNGOたちが批判する会議の場において、ベネマン農務大臣も「世界の飢餓と貧困を撲滅する闘いに、世界の国々が共に新しい戦線を組むことを願っている」と述べている。

バイオ技術は農薬を減らすというグリーンイメージで、そして飢餓を緩和するためにGMOが貢献するとの慈善イメージで、GMOを押し進めるスピン攻撃は続けられている。その謳い文句に惑わされて途上国にGMを許容することは、食料の6割を海外から輸入している日本も無関係ではいられないはずだ。

各報告書は次のURLからダウンロードできる。
アクションエイド『GM crops - going against the grain』
http://www.actionaid.org/resources/pdfs/gatg.pdf
食糧第一:食糧と開発のための政策研究所『Voices from the South - The Third World Debunks Corporate Myths on Genetically Engineered Crops』
http://www.foodfirst.org/progs/global/ge/sactoministerial/voices.php
地球の友インターナショナル『Playing with Hunger - The reality behind the shipment of GMOs as food aid』
http://www.foei.org/publications/gmo/playing_with_hunger.pdf
第三世界ネットワーク・アフリカ『Genetically Modified Crops and Sustainable Poverty Alleviation in Sub-Saharan Africa: An Assessment of Current Evidence』
http://www.twnafrica.org/docs/GMCropsAfrica.pdf


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