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遺伝子組み換え作物は第三世界の貧困と飢餓と低生産の解決策となりうるか?

<原題>
Genetic Engineering of Food Crops for the Third World:
An Appropriate Response to Poverty, Hunger and Lagging Productivity?
http://www.foodfirst.org/progs/global/biotech/belgium-gmo.html

『食糧第一』食糧と開発のための政策研究所(Food First/Institute for Food and Development Policy)
共同代表 Peter Rosset, Ph.D. 著
email: rosset@foodfirst.org

概要

この文章では輸出向け農産物の生産ではなく、第三世界の国民が自ら食べるための食糧生産について取り上げたい。第三世界諸国の国内における食糧市場を見たとき、社会的に不利な条件を押しつけられながらも住民の主食を生産しているのは零細農家や小さな農民である場合が多いからだ。

第三世界の小さな農民たちは、複雑・多様でリスクが大きい条件下での農業を強いられている。彼らは長年壊れた棚状地や傾斜地、雨が不定期にしか降らない地域、灌漑のない土地、そして痩せ地のようなマージナル地域に追いやられている。貧困層を痛めつけ零細農家を押さえつけるグローバルな経済政策そして国内経済政策に常に脅かされ、貧困状況に追いやられていたためだ。

過酷な状況のなかでも生き延びるために、そして少しでも生活の質を上げるために、第三世界の小さな農民たちはそれぞれわずかな土地の特徴(地域の天候、地形、土壌、生物の多様性、収穫システム、市場への出荷、利用可能な資源など)にあわせて、その状況に適した農業技術を築かなければならなかった。このため長い年月をかけて干害や価格下落や病害虫などのリスクに対応できる複雑な農業技術と生活様式が築かれている。労働力と可能性、投資の必要性、栄養的な必要、季節の変化などへの考慮も組み込まれている。こうして築かれた農業システムにより、第三世界の農民は一年生や多年生の作物を他種類栽培し、家畜や家禽類、魚、そして野生の自然環境からの生産物なども含めた豊かな食糧生産体系を確保してきた。このように複雑多様な農業形態においては、「緑の改革」そして最近のバイオ技術による遺伝子組み換え作物などの単一品種はあまり役に立たず広く普及することもないだろう。

例えば、Bt殺虫機能を持つ遺伝子組み換え作物が第三世界の農地に導入されたとき、そのリスクは「緑の革命」的な近代農場や先進国の大規模農場における被害よりずっと致命的なものになる。リスクの一例として、第三世界には遺伝子組み換え作物と交配しやすい野生種が多く生息している。風などで花粉が飛び散り、除草剤耐久や殺虫機能、その他の遺伝子組み換え作物の特性が他の作物や雑草に感染しやすい。そうなればスーパー雑草が出現したり、フードチェーンの崩壊に繋がってしまう。小さな農民たちは緩衝地帯として余分な作物を植えることはしないだろうから、害虫の耐性発達を速めやすい。

さらに、しばしば報告されているような遺伝子組み換え作物による収穫の失敗がおこれば、先進国の大規模農家より第三世界の小さな農民の方が致命的な、まさしく命に関わる被害を受けてしまう。安全性などの問題から消費者が遺伝子組み換え食品を拒絶すれば、経済的リスクはさらに大きくなる。また高価な種の導入は貧しい農民にとって不利な条件だ。

遺伝子組み換え作物がもたらすかもしれない利益より、ずっと大きなリスクを第三世界の農民は負うことになる。特に今現在、小さな農民を押さえつけている社会的・経済的な束縛を考え、また環境保全的な、住民参加的な、市民を強化する実証された他の方法があるときに、あえてリスクを犯してまで遺伝子組み換え技術に頼る理由はあまりない。

第三世界の農民は技術がないから生産性が低いのではない。技術的な問題ではなく長年にわたる社会的・経済的な不平等のため、土地を持つことができず、ローンを得ることもできず、市場へのアクセスもなく、その他の略奪的な政策の積み重ねが原因だ。このような状況では、
1)農業生態学のような貧しい農民が利益を得られる小規模経済の技術。
2)政策を貧困層に有利なように転換する社会的圧力の形成。
この2つのアプローチの方がより的確だ。ここに遺伝子組み換え作物が果たせる役割は無に等しい。

はじめに

遺伝子組み換え作物は工業国の調査機関や政策機関が推奨しているように、本当に第三世界の貧しい農民の生産性を増し、餓えている人たちに食糧を与え、貧困を緩和するものだろうか? この問題を検討してみたい。

この文章では第三世界の住民たちが自ら食べるための食糧生産について取り上げたい。第三世界における国内食糧市場を見たとき、社会的に不利な条件を押しつけられながらも国民の主食の大部分を生産しているのは地元の零細農家や小さな農民だからだ。住民のための食糧生産という重要な役割を担う農民たちは、彼ら自身が貧困と飢餓、そしてそのための農業生産性の低さに苦しんでいる。この問題を「遺伝子組み換え技術」という技術的解決策によって改善しようとするならば、まずは第三世界における飢餓と貧困と低生産の原因を正確に理解しなければならない。もしこの問題が技術的な欠陥によるものであれば、技術的な解決策が少なくとも論理的には改善への可能性を持っている。まず、第三世界において住民の主食を生産する貧しい農民たちの現状を見てみよう。

歴史的背景

植民地が始まって以来の第三世界の歴史は「持続不可能な」開発の歴史だった(それは今なお続いている)。植民地支配は、食糧を生産していた農民たちを最も農耕に適した土地から追い払った。多くはないがある程度の降水量があったり灌漑用の水がある平地の沖積土や火山土など最も農耕に適した土地は、地元の人たちの生活を支える食糧生産から取り上げられ、帝国勢力により新しく組み込まれたグローバル経済の中、輸出量の換金作物を栽培するために占拠されてしまった。かつて住民の主食が栽培された農地に、集約牧場が開かれ、藍染料、ココア、コプラ用のココ椰子、ゴムの木、砂糖黍、綿花などが栽培されるようになった。地元の農民が数千年の伝統の中でそれぞれの土地の土壌条件と環境に調和しながら代々蓄積した農業技術や放牧技術により注意深く築き上げられた農耕社会を、植民地プランテーションは短期的な利益の増大とコストの削減だけを念頭にしばしば奴隷を働かせ略奪的な生産方法で押しつぶしてしまった (Lappe et al., 1998)。

同時に地域の食糧生産を担っていた農民はプランテーションの労働者にされたり、農耕生産に適さないマージナルな土地に追いやられたりした。植民地として占領される前、乾燥した土地や砂漠の周辺地は負担の少ないまばらな遊牧にしか使われず、傾斜地はまばらな栽培のみに使われ、焼き畑は長い回復期間をおいてゆっくりと循環されていた。森や林はもっぱら狩りと役に立つ植物を集めるために使われ、時にはアグロフォレストリーが行われていた。どれも自然環境に調和しながら長期的に持続可能な生態系が築かれていた。しかし植民支配は、宗主国において肥沃で水はけも良く豊富な降雨量もある恵まれた農地で毎年連続して生産できる農業しか知らない農業生産者を大量にこのマージナルな地に送り込んだ。植民地にされるまで高い人口密度や集約的な連続農耕には絶対適さないと判断されていた土地に、大量の人口が住み大量生産農耕が始まった。その結果、それまでの農耕最適地は植民勢力の手による換金作物の略奪的な生産により荒れ果て、耕作すると自然のバランスを崩すため農耕には使われていなかったマージナルな土地に貧しい農民や住民が追いやられ、生きて行くために森林を切り倒し無理な農業生産を始めた(Lappe et al., 1998)。

宗主国からの独立は、この環境的・社会的問題を緩和することはなかった。実際、ほとんどの第三世界において状況は悪化した。独立後のエリートたちは元宗主国関係でグローバルな輸出主導経済に大きく依存して権力を得ることが多かった。1世紀以上にわたって続いた植民地独立への時代は、グローバル規模の資本市場と生産体制が発達した時代でもあった。とくに第三世界の経済と農村までにグローバル資本市場とグローバルな生産体制が浸透した。コーヒー、バナナ、ナッツ、大豆、油椰子などの輸出が増大し、新しい資本主義的な農業輸出エリート(agroexport elites)が勢力を伸ばした。これは現代化の時代であり「大きいことは良いことだ」とのイデオロギーが支配的な時代だった。農村では機械や近代的農業技術を導入できる大規模農場主のところに農地が統合され、「遅れて非効率」な零細農民は農耕をあきらめ都市に移住して工業発展のための労働力となることが良しとされた。このため少数富裕層への農地の集中と、大量の土地なし貧民の問題が拡大した。土地を手放した者は瞬く間に最貧困層になり、農場の季節労働者や日雇い労働者になって食いつないだり、森を切り開く開拓団に加わったりした。土地があっても分益小作人(sharecroppers )だったり小さな畑を借りていたり、無断に土地を使用していたり合法的な所有者でも土地が小さすぎたりする貧しい人たちも多かった (Lappe et al., 1998).。

このように第三世界の農村の特徴として、土地を所有する機会の極端な不平等さ、農地借用契約の不安定さ、農地の質の低さなどが特徴としてある。土地に対する大きな不平等が富の不平等、収入の不平等、生活水準の不平等の底流としてある。大勢の貧困層は国の経済政策からも見捨てられている。彼らの貧しい収入では購買力が期待できないからだ(Lappe et al., 1998)。

こうして悪循環が始まる。購買力のない貧しい大多数を無視して国内には狭く浅く限られた市場チャンスしか見ないため、大農場主のエリートたちは購買力の大きい海外市場の消費者向けの作物を好んで生産する。海外の市場に目を向けたエリートたちにとって消費勢力にもならない国内の貧困層は逆に小作料や日雇い料などの負のコストでしかなく、彼らの生活状況を改善するどころかなるべく低いコストで使える不利な状況に押さえておく方が都合の良い存在になる。自国民の労賃と生活水準を低く押さえておくことにより国内市場が発達する恐れはなく、エリートたちには輸出主導型の金儲けが保証される。グローバル経済の中で国家としての「競争力」が増したとしても、国内の住民は貧困の奈落へ急降下される。こうして食糧が飢餓と貧困の地から飽食の先進国に輸出されるという皮肉な構図ができあがる。これが今日私たちの世界で起こっている現状だ(Lappe et al., 1998)。

同じ動きが第三世界の環境破壊も押し進めている。長年にわたり農耕適地から追われた農民がマージナルな土地に押し込まれ、その土地が許容できる範囲を超えた農作をしたために砂漠化や森林伐採、土壌流出などを広げている。今でもこの動きは続き、新しく土地なし農民が生み出され、移住先でマージナルな土地で食糧を栽培しようとして環境を破壊している。

一方、かつて肥沃な耕作地だった地域も大規模農場主のもと農薬や化学肥料たっぷりの工業的な輸出向け単作作物が栽培され、土地がボロボロになっている。植民地になる前には何世紀ものあいだ持続可能的に人々を養ってきた農耕地の多くが、輸出による短期的な利益と競争力を得るために急激に破壊されかなりの地域がすでに荒れ地となって放棄されている。土壌が固まり、流出し、水はけが悪化し、肥沃度が失われ、除草剤への耐性を強めたスーパー害虫の繁殖と土壌中および地上の機能的な生物多様性が破壊され、これらの土地における生産性は著しく低下している。このような「収穫減少」が、世界的な食糧生産を脅かしていると近年多くの国際的機関が警告している問題だ(Lappe et al., 1998)。

構造的な調整とマクロ政策の必要性

加えて過去30年間における世界的および国内的な社会の変化は、第三世界の政府が自国を健全に発展させ自国民のために政策を行う努力を正面から妨害してきた。第三世界の政府は貧しい人たちや保護を必要としている人たちのために社会福祉を提供すること、社会正義を獲得すること、基本的人権を保証すること、国内の自然資源を保護し管理する力を特に損なわれた。国際的な貿易が国家の経済発展の鍵であり、国が経済成長すればすべての問題が解決されると信じるパラダイムの中で、このように貧困層を苦しめる政治の仕組みが強化されていった(Lappe et al., 1998; Bello 1999).。

輸入と輸出活動を活発にし輸出を促進するための外国資本を呼び込もうと、構造調整計画(SAPs)、地域協定や相互貿易協定、GATTやWTOなどが、国内経済の主導権を第三諸国の政府と人民からWTOのような国際機関やグローバル市場経済のメカニズムに手渡してしまった。第三世界の政府は国内のマクロ経済政策を管理するツールのほとんどを奪われた状態だ。赤字削減のために政府投資を大幅にカットしたり、為替レートを統一したり、自国通貨を弱めたり変動相場制にしたり、関税や非関税による輸入抑制を排除したり、国営銀行や他の事業を民営化したり、あらゆる補助金、特に零細農民への補助金や社会福祉事業への資金を廃止したりなどなどの国民の福祉に反する政策を強制されてきた。また貿易協定を結ぶための準備として、もしくは国際金融機関 (IFI)の資金と指導により、土地の保有権に関する政策も同じようにグローバル経済に牛耳られ民営化され不動産売買や市場メカニズムが大手を振って、農業部門に大きな投資のチャンスをねらって触手を伸ばしている (Lappe et al., 1998; Bello 1999)。

まれに一部の有機栽培コーヒーのように貧しい農民たちがグローバル経済のニッチ市場を開拓する機会を得ることもあったが、多くの場合は政府による社会福祉制度や保証を失い、同時に伝統的な地域資源管理や協力体制も失うことがほとんどだった。貧困層の大半は今でも農村に住み、生活基盤と生存の基盤を大きく破壊されている。否応なくグローバル経済勢力が支配する環境に取り込まれ、力を持つ者に利益が集まる仕組みにますます飲み込まれている。国が関税を排除したり輸入量を割り当てられたため安い外国食品が市場に出回り、小さな農民は自分が栽培した主食作物の価格が生産コストを割るほど低下していることを目の当たりにしている。かつて生産を助けた補助金もローンも販売や価格保証もどんどん消え去り、共有借地が法律改定や民間投資の脅威に脅かされている。その結果、特にアフリカのサブ・サハラ地域のような小さな農民が住民の食糧を栽培していたところで生産性が落ちてしまっている(Lappe et al., 1998)。

生産性の低下

第三世界の農民による収穫量が少ないのは、遺伝子組み換えで除草剤耐性を持ったり殺虫機能を備えたりする「ミラクル種子」がないからではない。彼らの状況を見れば、農耕に適さない地に追いやられ、灌漑の水も充分になく、零細農民が食糧を生産することをますます不利にする構造的・マクロ経済的な政策のためだということがよく分かる。開発銀行がSAPにより民営化されたとき、零細農民に対する資金が取り消されている。SAPが種や資材への補助金を止めれば、農民はそれら無しで暮らさなければならない。農産物の価格保証が止められ、北の手厚く補助されたために安価な過剰穀物に国内市場が解放されたら、価格が下がり地域の農民が食糧の生産で生活できなくなる。国が管理していた食糧販売の仕組みが民営の流通業者に取り代われば、民間業者は安い輸入作物や裕福な大規模農業者から買い取ることに利益を見いだし、小さな農民は栽培した作物の販路も失われてしまう。このような状況が第三世界の農民による農業生産性が低い本当の原因だ。実際、第三世界特にアフリカでは、農民は今持っている農業技術とノウハウにより生産可能な量よりずっと少ない量しか実際は生産していない。生産物を安く買いたたかれ販路もふさがれた状況において、収穫量を増やす努力をしてもどうしようもないからだ。新しい品種が紹介されても、それが良かれ悪かれ、この状況では何の役にも立たない。今、緊急に必要とされている農地の確保と農業および市場政策がなければ、遺伝子組み換え作物も世界の貧しい農民たちの食糧確保になんの利益ももたらすことはできない(Lappe et al., 1998; also see debate between McGloughlin, 1999b, and Altieri and Rosset, 1999a,b)。

これで遺伝子組み換え作物が第三世界の飢餓と貧困問題に良くて「何の役にも立たない」ものだということが明らかだと思う。ただし「役に立たない」ことは「状況を悪化する」ことからかけ離れている。ここから先は遺伝子組み換え作物が実際、それが助けると言われる第三世界の農民たちをさらにおとしめる脅威となりかねないことを説明したい。まずは実際の農耕状況を見て行こう。

第三世界の農業は複雑・多様・リスク対策

これまで見てきたように、第三世界の小農民たちは歴史的に壊れた棚地や傾斜地、水不足の土地、やせた荒れ地など農耕に適さないマージナルな土地に追いやられてきたため、さらに貧しい農民たちは常に国家経済やグローバル経済から目の敵にされてきたため、彼らは複雑で多様な変化に富みリスクに備えた農業を築き上げてきた(Chambers, 1990)。

このような厳しい状況の中で生き延び生活の質を上げるためには、それぞれが置かれた状況において地域の天候、地形、土壌、生物の多様性、栽培システム、市場へのアクセス、その他の資源などに適応した包括的な独自の農業技術を築かなければならない。こうして数世紀にわたり、農民たちは灌漑や価格下落や病害虫などのリスクに対応できる農耕の仕組みと生活様式を築き上げてきた。労働力に対する可能性、投資の必要性、栄養分の必要性、季節による変化なども考慮されている。彼らの栽培システムは一年草から多年草の様々な農作物、家畜、家禽類、魚、そして野生環境から集める資源などを含んだ、非常に他種類の植物・動物から成り立っている (Chambers, 1990)。

上からの調査による過ちを繰り返すな

このような農民たちは、多くの調査機関による「トップ・ダウン」研究や「緑の革命」のような技術による恩恵はほとんど受けていない(Chambers, 1990; Lappe et al, 1998)。本当に第三世界の農民の手取りを増やし貧困を緩和しようとするならば、状況によって様々な対策を提示できる方針に変えなければならない。第三世界の小農民は1枚の田圃にも数種類の品種を混ぜて栽培することが多い。小さな畑でも水はけの良い所・悪いところ、土の養分が多いところ・痩せているところなど、その部分の状況にあわせて細かく異なる品種を植えている。しかしこのような状況に対応できる品種は、今日の調査機関や政府の農業指導体制では開発することが難しい。遺伝子組み換え作物を開発したような実験室ではなおさら農民の状況に適した多品種を開発することは難しい。

第三世界の農業は物理的、社会的、経済的に変化幅が大きく複雑なため、一般的な調査手法では把握しきれない。このため単作農業におけるその品種の「収量」を第一に考えている序列的な調査機関や農業指導機関の体系と、複雑な農村の現実には大きな矛盾が横たわりこれが障害となっている。結果として、農民にとっては無視できない多様な栽培条件が、調査や研究の段階で新しい技術を「生み出す」ために無視されてしまう。研究者たちは相違要素を排除した実験条件の中で在来種よりすぐれた結果をもたらす新しい種を作り出し、それがなぜ農村で普及しないのか不思議に思っている (Chambers, 1990)。

現実の世界において、1つの品種は一回の収穫量だけでは測れない様々な特性を持っている。収穫量も一つの目安であったとしても、農民たちが食糧を確保するために必要としているのはそれぞれの畑に独特な多くの要求を満たす品種だ。管理された研究室における遺伝子組み換えなどの新種開発とは対照的に、伝統的な品種改良は別々の特性を持つ品種を個別に選び出しそれを交配してきた。Jiggins et al (1996)によると、サブサハラ・アフリカ地方の高収量品種は「伝統的な品種」も「改良品種」も農民により、長年にわたる栽培状況により、大幅に違う特性を持っている。この特性の違いは、ある1栽培周期の「伝統的な品種」か「改良品種」かによる収量の違いよりずっと大きな幅がある。サブサハラ・アフリカ地方においては、肥料や改良品種などを新しく投入したことにより収量がどれほど増えるかは、栽培地の状況、土壌の様子、季節、生産者の違いにより大きく左右される。

このような状況では、農民自らが組織だって品種による特質とそれを栽培する農民と栽培地における多様な特質とを考慮した品種改良が必要ということが分かる。実験室や調査機関により開発された種が一方的に農民に配られるという構図では本当に役に立つ「ミラクル品種」は生まれない(Chambers, 1990)。しかし遺伝子組み換え品種の開発ほど、農民主導型の品種改良から遠く離れたものはない。世界の食糧問題を解決するために遺伝子組み換え技術が必要だと主張する擁護者は、一番食糧を必要としている貧しい農民には受け入れられなかった第一期「緑の革命」が犯した同じ過ち - 「トップダウン」の過ちを繰り返している。

それでも栄養不良の貧困層に栄養強化した食糧を提供することを考えれば、リスクよりメリットの方が大きいのではと主張する人が多いかも知れない。遺伝子組み換え技術で栄養価を強化した食物としてビタミンAに変換するベータカロチンを多く含むよう遺伝子組み換えされた「ゴールデンライス」が有名だ。でもそれが貧しい人たちの栄養向上に貢献できるだろうか?

栄養強化?

世界にはビタミンA不足による失明の危険がある子どもたちが200万人いる。この子どもたちに「ゴールデンライス」を供給して栄養価を高めることが効果的な対応策だという主張は、ビタミンAおよびその他の栄養素不足に至った理由と現実を知らない非常にナイーブな意見だ。その地域の開発と住民の食糧事情の構図を注意深く観察すれば、ビタミンAの不足は「問題」ではなく「問題が引き起こした症状の一つ」であることがわかるだろう。それは表面に現れた警告ともいえる。ビタミンA不足というのは、伝統的な複合農業から主に稲の単作への変化と貧困がもたらした、より全般的な栄養失調について発せられた警告の一つでしかない。この子どもたちは米に含まれるビタミンAやベータカロチンが少ないからビタミンA不足に陥るのではない。むしろかつては多種多様な食材から構成されていた食事体系が米一点に減らされたことが影響している。彼らはビタミンAだけを増強しても改善されないさまざまな栄養不足の症状に犯されている。全面的な食事体系を向上し、豊かな食材から様々な栄養素をバランス良く吸収できるようにすれば、ビタミンA不足だけでなく全体的なビタミン・ミネラル欠乏症が改善されるだろう。

貧困と貧しい食糧事情と単一的な農業をそのままにして、ベータカロチンが強化された米だけを「魔法の解決法」として、導入したのでは効果がない。しかも健康と環境を汚染する副作用の懸念を残したまま。ヴァンダナ・シバ氏の言葉を借りるならば、このような「解決法」は、遺伝子組み換え技術を導入しなくても現地にすでに存在する解決法を無視することになる。例えば従来どこにでも生えていた雑草にビタミンAやその他の栄養素が豊富に含まれる草がある。近代農業や遺伝子組み換え作物栽培するときには「雑草」として除草剤で枯らしてしまうこれらの草を農民の食生活に復活させられれば、ビタミンA不足による視覚障害だけでなく一般的な健康状態の改善にも繋がる (Altieri and Rosset, 1999a,b; ActionAid, 1999; Mae-Wan Ho, 2000)。

しかし、遺伝子組み換え技術の不可抗力がフルスピードで勢力を伸ばしていることは明確だ。それでは、複雑に絡み合った多様的な要素でリスク管理されている第三世界の農村に遺伝子組み換え作物が「強制的に」導入された場合の危険性についてみてみよう。

貧しい農民たちが負うリスク

遺伝子組み換え作物がこのような第三世界の零細農民に与えるリスクは、「緑の革命」による富裕農民の大規模農場や先進国の農業形態における被害よりずっと致命的なものとなる。報告されているような遺伝子組み換え作物の収穫失敗は、富裕農民よりずっと大きな経済的リスクとして小農民の生活を脅かす。消費者が遺伝子組み換え作物を拒否した場合の経済的リスクも貧しい農民ほど致命的な損失だ。さらに遺伝子組み換え作物の種子や必要な栽培資材は高価なため、その点でも貧困層に不利な状況となっている(Altieri and Rosset, 1999a,b)。

今日広く普及している遺伝子組み換え作物は、あるブランドの除草剤に対する耐性が強い作物と殺虫成分を自ら作り出す作物だ。除草剤への耐性が強いことは第三世界の農民にあまり役に立たない。同じ畑で多種多様な農作物ならびに飼料を栽培している状況でそのような除草剤を使うと、彼らの農耕システムの大切な一環を担う作物を枯らしてしまうことになる(Altieri and Rosset, 1999a,b)。

Btなどの殺虫機能を組み込んだ遺伝子組み換え作物は、ほどなくその殺虫機能への耐性を強めた害虫の被害を受けるようになる。従来から失敗してきた「この害虫にこの化学薬品」という形式を、遺伝子組み換え技術は「この害虫にこの遺伝子」との形式により強化した。しかし害虫が殺虫遺伝子にすみやかに適応し耐性を強めることが繰り返し実験中に観察された。Bt作物は、ますます評価され普及している総合的害虫管理法(IPM)の方針に真っ向から反対している。どのような手法であれ、単一の害虫対策法に頼ることは別の種類の害虫の大発生を引き起こすかその害虫の耐性を強化するかしがちだというのがIPMの鉄則だ。一般的に短期間に広範囲で害虫駆除するほど、害虫の急速かつ飛躍的な耐性を引き起こしやすい。そのためIPMでは複数の害虫管理メカニズムを活用し、他の手段がない場合だけ最小限の量の殺虫剤を使う。害虫が殺虫剤に接する時間と機会を極力減らし、耐性の発達をなるべく防ぐためだ。

作物そのものに殺虫剤が組み込まれている場合、害虫は恒常的に殺虫剤に接することになり、加速度的に耐性を強めることができる。そのため化学薬品の代わりに必要なときだけ撒布して効果的に利用してきた従来の方法でも、遺伝子組み換え作物の品種としても、Btがじきに使い物にならなくなるとは多くの昆虫学者が合意していることだ。アメリカでは環境保護局が耐性の発達を遅らせるためBt品種を栽培する場合には周囲に「避難場所」としてBt遺伝子を含まない品種による緩衝地帯を設けることを命じている。しかし第三世界の貧しい零細農民が余分な作物を緩衝地帯として植えることは非現実的だ。そのためBt品種を第三世界に導入するとBtへの耐性が発達しやすい環境が作られるだろう (Altieri and Rosset, 1999a,b)。

同時にBt作物は目標以外の生物と生態系にも影響を与えてしまう。最近ではBt毒素が益虫も殺してしまうことや、風で試験圃場の外まで運ばれた花粉によって野生の植物に入り込んだBt遺伝子が目標以外の生物を殺すことも明らかにされた。第三世界の小さな農民たちは、益虫と害虫のバランスがとれた複雑な生態系を保つことにより害虫の被害を防いでいる。しかしこのバランスがとれた生態系に遺伝子組み換え作物が導入されることにより、Bt毒素を含む作物を食べた害虫やその他の生物を多食性の益虫が食べ、思わぬところでBt毒素が影響を発揮し生態系そのものが崩壊する恐れがある。そのため収穫が減り農民が必要とする所得が得られなかったり、殺虫剤を使わざるを得ない状況に追い込まれて農民の健康と環境を汚染する結果となりかねない (Altieri and Rosset, 1999a,b)。

Btは遺伝子組み換え作物が枯れ土に鋤き込まれた後でも殺虫機能を維持し、毒素が土壌構造に上手く組み込まれるため微生物によって分解もされず、様々な種類の土壌に最低234日間存続し続けることが明らかになっている。これは高価な化学肥料を買うお金もなく、その地域の有機物残さと土壌微生物(無脊椎動物、菌類、バクテリアなど)の働きにより肥沃度を保っている農民たちにとっては、有機物残さや土壌中に毒素が残ることは大きな脅威となっている (Altieri and Rosset, 1999a,b)。

Bt遺伝子の殺虫機能が効かなくなったとき、貧しい農民たちはどうすれば良いのか? Bt遺伝子が害虫と益虫の両方に影響を与えたため、多様な生態系により微妙なバランスに管理されていた環境にゆがみが生じ、抑制が効かなくなった害虫による反動的な大襲撃が起こることが予想される。加えて土壌中に残留したBt毒素により土壌中の微生物生態系が影響を受け、土が痩せることも予想される(Altieri and Rosset, 1999a,b)。第三世界の零細農民はすでにリスクを負って生活している。Bt作物は彼らのリスクをさらに増す可能性が大きい。

第三世界には遺伝子組み換え作物の特性が受粉によって感染しやすい近隣植物が多くある。これらの野生植物に遺伝子組み換え作物が持つ殺虫機能やウィルス耐性機能などの特質が取り込まれると、食用作物への被害やスーパー雑草の出現を招きやすい。さらに多くの遺伝子組み換え作物がばらまかれると、第三世界の多様な植物や動物などの遺伝子資源への影響がますます大きくなることが予想される。多様な生態系のバランスの上に成り立つ農業環境においては、遺伝子組み換え技術が生んだ特質が野生の植物や雑草に移る可能性は高い。しばしば農民たちは作物とそれに近い野生植物を自然的な交配で掛け合わせることにより遺伝子を交換してきた。この環境において遺伝子組み換え作物による「遺伝子汚染」が広まる可能性は高い (Altieri and Rosset, 1999a,b)。

特にウィルスの遺伝子を組み込んでウィルス耐性の特性を持たせた遺伝子組み換え作物では、ベクターが再統合して新しく強力なウィルス類を生み出す恐れがある。コート蛋白遺伝子(coat protein genes)を含む植物の場合は、他のウィルスに取り込まれ植物に感染する恐れがある。そうすると異物な遺伝子はウィルスのコート構造を変え、新しい特性を植物に与えてしまう可能性がある。

他にも、RNAウィルスと遺伝子組み換え作物に組み込まれたウィルスRNAが再統合して新しい病害虫を生み出し、大きな病害虫の被害を引き起こす恐れがある。いくつかの調査は、ウィルスと遺伝子組み換え作物に組み込まれたウィルスが再統合し、新しいウィルス類を生み出したケースを明らかにしている (Altieri and Rosset, 1999a,b).。新しい病害虫による収穫の減少は、不作に耐えられるだけのお金と資源を持つ富裕農民より、ギリギリの生活をしている貧しい農民に大きな被害を与えてしまう。

結論として、遺伝子組み換え作物が第三世界の零細農民に与えられるかもしれない恩恵より、これらの致命的な被害のリスクの方がはるかに大きいことが分かる。特に彼らを押さえつけている社会的・経済的な束縛や、自然と調和した住民参加型の手法が効果的な生活改善法として実証されていることを考えると、なおさらリスクを犯してまで遺伝子組み換え作物を第三世界の農村に導入する必要性があるのかどうか、疑わしく思えてくる(Altieri et al., 1998)。

「黄金のカタツムリの話」

第三世界の農民が食糧を充分生産できないのは技術が足りないからではない。農地や融資、販売力など食糧生産と所得を得るための資源から遮断されていること、そしてグローバル経済と国内から受ける貧しい農民に対して不利な政策、これらの不正義と不公平が全面的に農民を貧困生活に押さえ込んでいることが原因だ。

このような状況に置いては、
1)アグロエコロジーのように貧しい農民が利益を得ることができる小規模経済の技術(Altieri et al., 1998)、
2)政策の不公平に圧力をかける社会的な動き。
このような対策が必要なのであり、遺伝子組み換え技術が果たせる役目はほとんどない。

最近、フィリピンの農民たちに遺伝子組み換え稲についてどう思うか訪ねてみた。農民たちのリーダーは「黄金のカタツムリの話」で答えてくれた。稲を栽培するフィリピン農民は長らく田圃でとれるカタツムリを食べて蛋白質を補給していた。そこへマルコス政権の時代にイメルダ・マルコス夫人が飢餓と蛋白質不足を解消するために南米からもっと繁殖力の強いカタツムリを導入することを提案した。だけど南米からのカタツムリは不味くてだれも食べたがらず、計画は頓挫した。しかし南米産のカタツムリが逃げ出して農村地帯に紛れ込み、大発生して在来種の食用カタツムリを全滅の危機に追い込んだ。地元の農民たちの大切な蛋白源は失われ、しかも農民たちは南米産カタツムリから稲の苗を守るために農薬を使う羽目になった。「だから新しい遺伝子組み換え稲についてオレたちが思うのは『また別の黄金のカタツムリだよ』とういことだ」とその農民は語った (Rosset, 1999; Delforge, 2000)。

民間企業の実験室で「貧困と飢餓を救うための魔法の解決策」が開発されたと聞いたとき、フィリピンの農民が語った黄金のカタツムリの話を思い出し、第三世界の飢餓と貧困と農業生産低迷の本当の原因を考えよう。そうすれば少なくとも過ちを犯すことは避けられるだろう。

参考文献

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<関連ページ>

遺伝子組み換えに対する国連の大きな誤り
U.N. Dead Wrong About Engineered Crops

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