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トウモロコシ品種多様性の中心地であるメキシコにおいて遺伝子汚染


<原題>Genetic Pollution in Mexico's Center of Maize Diversity
http://www.foodfirst.org/pubs/backgrdrs/2002/sp02v8n2.html

ETC Group(エトセトラ・グループ)著*
Backgrounder (背景資料)2002年春 Volume 8, no. 2
原文PDF文書はこちら

訳:渡田正弘

*「侵食、技術および集約に関する活動グループ(The Action Group on Erosion, Technology, and Concentration: ETC。元RAFI)」はカナダに本部のある国際市民団体です。ETCグループ(「エトセトラ」と発音)は文化的および生態的多様性、そして人権の向上に貢献しています。ウェッブサイトは<www.etcgroup.org>。


昨年(2001年)、メキシコの辺境2州(オアハカ州とプエブラ州)で農民が所有していた伝統的なトウモロコシの品種が遺伝子組み換え(GM)トウモロコシのDNAに汚染されていた事をメキシコ環境省と『ネイチャー』誌に掲載された調査論文(1)が報告した後、論争が沸き上がった。メキシコではGMトウモロコシの栽培は禁止されており、特にメキシコはトウモロコシの原種が生まれ、現在でも最も多くの品種が発見されている地域。このトウモロコシ遺伝子多様性の重要な中心地であるメキシコが遺伝子汚染されているとは警戒すべき事だ。現地の農民が何千年もかけて開発したトウモロコシの品種、そしてトウモロコシの野生原種は、品種改良に必要な世界でも最も貴重な遺伝子資源の宝庫の一つであり、この品種改良が世界の食糧安全保障の基盤を成している。多様な原種トウモロコシは、世界中で農民や品種改良家が農作物としてのトウモロコシの品質と生産性を向上するための原材料として使われている。メキシコに本部がある「国際トウモロコシ・小麦改良センター(International Center for Maize and Wheat Improvement: CIMMYT)」も絶滅の恐れがあるトウモロコシ品種の種子を保存している世界でも最も重要なコレクションを収蔵している。

メキシコ政府は、メキシコの農民が種子用ではなく食用目的に米国で栽培されたトウモロコシを遺伝子組み換え作物と知らずに植えたため、GMトウモロコシがメキシコ農民の圃場に紛れ込んだのだろうと考えている。(米国で栽培されたGMトウモロコシや穀類には表示がされていない)。GMトウモロコシは2001年に米国で約2,000万エーカーに植えられ、毎年約600万トンの米国産トウモロコシが食用穀物としてメキシコに出荷されている。

より大きな問題性

メキシコでのGMトウモロコシ汚染をめぐる論争は、バイオ技術研究を企業が圧倒的に掌握し、公共機関の研究が企業目標のためにますます奉仕している現状での遺伝子資源の管理と運営というより大きな問題を反映している。バイオ技術の支持者は、GM技術は安全で、精密で、そして予測可能だと長い間主張してきた。しかし、メキシコでの組み換え遺伝子の流出は、取り締まり機関あるいは企業が遺伝子組み換え作物を管理し、外部に出さないことに無能であることを改めて示している。2002年3月に欧州政府がGM作物についての事実上の導入モラトリアムの見直しを計画し、2002年4月には生物安全性に関する国連会議が予定されているとき、メキシコの遺伝子汚染はGM推進業界にとってこれ以上にない最悪の時期に発覚したといえるだろう。(2) 対策として、バイオ技術の支持者は、メキシコのGM汚染を否定し、その証拠の信用を落とすキャンペーンを繰り広げた。2001年11月に『ネイチャー』誌に論議を引き起こした調査結果を発表したカリフォルニア大学バークレー校の研究者、イグナシオ・チャペラとデヴィッド・クウィストの研究手法の批判もその一環だ。(3) 業界のキャンペーンは大成功し、4月初めに『ネイチャー』誌が「論文の掲載を正当化するに充分な証拠がない」としてチャペラとクウィストの論文を撤回するという通常では考えられない対応をした。(4) 『ネイチャー』誌の対応はバイオテクノロジー産業にとって「広報活動の勝利」であると宣言された。(5)

しかし、その勝利は束の間に終わった。2002年4月、メキシコ政府は、政府独自の調査により原種トウモロコシ群の中に高レベルの汚染を発見したと、改めて確認した。メキシコ生物多様性委員会事務局長ジョージ・ソベロンは、「この汚染は主要農作物の原産地で起こったため、遺伝子組み換え物質による汚染では世界で最悪のケースである。これは確認されており、疑いの余地はない」と言っている。(6) どの企業のGM技術が関与したかについては、企業がDNA配列に関する機密情報の開示を拒否したため、メキシコ政府は特定することができなかった、とソベロンは『ガーディアン』誌に語っている。(7) CIMMYTは農民の圃場または遺伝子バンクにおけるGM汚染を独自に確認はしていないが、品種改良研究所としてDNA汚染の拡大を防ぐためメキシコにおけるトウモロコシ収集作業を中断した。(8) メキシコ農民の所有する品種を汚染した商業用GMトウモロコシはBt殺虫毒素(自ら殺虫成分を作り出すように組み換えられた作物)や除草剤耐性(世界で最も多く売られている化学除草剤であるモンサント社のラウンドアップの散布に耐えられるように組み換えられた作物)といった製品を含んでいる。

遺伝子汚染は問題ではない?

遺伝子組み換え作物から環境への好ましくない「遺伝子流出」は多くの難解かつ未回答の疑問を提示している。組み換え遺伝子は野生の親戚種に移り、自然の生態系を混乱させるのだろうか? もし除草剤耐性遺伝子が組み換え作物から野草に移転し、化学除草剤で駆除し難い「スーパー雑草」を創り出したらどうなるだろう? 

一部の科学者は、GMトウモロコシからの遺伝子流出はトウモロコシの生物多様性を危うくはしないし、従来(非GM)の種子からの他家受粉以上の脅威にはならないと考えている。(9) 組み換えトウモロコシから流出したDNAは進化論的優位性を持っていそうにないため、環境に残留しないと彼らは理由づけている。一部の企業研究者、もしくは企業から援助を受けている研究者は、もし組み換え操作された遺伝子が生き残るなら、メキシコの農民と作物多様性に利益をもたらすことになると断言している!(10) これらの研究者は、何か新しいものが導入されることはより生物多様性が「増える」ことであり、ましてや新しい特性は例えば昆虫耐性などのメリットを持つのだから、その導入は「肯定的なこと」だと主張している。

このような曲がりくねった議論にもかかわらず、GM汚染は重大な危険性を示しており、そのどれもが充分に研究されていない。その危険性には遺伝子組み換え作物を食べた人間の健康に与えるほとんど未知のリスク、そして除草剤耐性または害虫耐性の遺伝子が受粉を通して野生の親戚種に入り込む時に起こるであろう生態系と作物の管理に及ぼす影響の問題も含む。(11) また、汚染された在来品種の中に見つかった35Sプロモータ遺伝子が引き起こす可能性がある問題についての知識不足も気がかりである。35Sプロモータ遺伝子は、カリフラワーモザイク・ウイルス(CaMV)から取り出され、商業目的の遺伝子と一緒に組み込まれている。その機能は目標とする遺伝子の働きを起動させることである。* 

これらの潜在的危険性は迅速な対策が取られるのに充分と思えるが、これも今後引き起こされる危険性の発端でしかないかも知れない。長期的に見ると、プラスチックや殺精子剤(12)または食用のエイズワクチンを作る目的で組み換えられたトウモロコシといったバイオ技術の次世代製品は、はるかに深刻な脅威を示している。(13) もちろん企業は、バイオ技術の"farmaceuticals"(農薬学)を関連植物や野生の親戚種の側で育てることは決して許可しないし、医薬作物や生物的強化植物からの導入遺伝子の拡散を減らす対策を取ると我々に約束している。しかし法的規制はメキシコのオアハカ州とプエブラ州への遺伝子流出を防ぐために全然役に立たなかった。

市場喪失と独占支配の脅威

DNA汚染に対する不安を却下しようとする人たちは、GM作物の栽培中止を表明したメキシコの主権を無視し、メキシコ農民たちの社会文化的な権利と懸念を軽視している。GM汚染は、農民たちと現地の人々を怒らせ憤慨させた。また、彼らの文化、生活、健康、そして環境への深刻な懸念を呼び起こした。オアハカ州シェラ・フアレスの農民アルド・ゴンザレスは次のように述べている。

「私たちの伝統的なトウモロコシを遺伝子汚染されたことは、原住民そして農業共同体としての私たちの基本的な自治権が侵害されたことです。私たちは単に食糧供給について話しているのではありません。トウモロコシは我々の文化遺産の中核をなしているのです。一部の役人による『汚染は急速には広まらないから深刻ではない』とか『トウモロコシの生物多様性を増やす』などという発言は、全く失礼で嫌みである。」(14)

メキシコの自給自足的な農民は彼らのトウモロコシを輸出用に販売するとは思えないが、GM汚染は彼らが将来儲けの大きい非GM限定市場で作物を販売するチャンスを完全に排除する恐れがある。メキシコの農民はまた、独占された特許の犠牲者となる恐れがある。メキシコの農民が所有するトウモロコシ品種の中から最も多く発見されたDNA配列は35Sプロモーターである。これはモンサントの所有する特許取得済みの配列である。米国とカナダでモンサントは農民に対し、モンサントが所有している種子をモンサントの許可なしで使用し、同社の独占特許を侵害したとして何百件もの訴訟を起こしている。(15) モンサントの所有する特許は現在メキシコでは効力がないかもしれないが、貿易協定は簡単に状況を変えられるし、将来そうする可能性は高い。今でもモンサントはその特許が有効な国へのメキシコ産トウモロコシの輸入を妨害できるかもしれない。

行動が求められている

農作物の遺伝子多様性の中心地でGM遺伝子がどのように振舞うかは全く知られていない。厳密な長期研究に欠ける現在、予防措置を取るべきである。予防措置を取らないことは、地球全体の食糧安全保障と農耕共同体の生活を遺伝子のルーレットで振り回すくらい危険なことだ。

2002年の2月、40ヶ国からから集まった144人以上の農民と市民団体が「メキシコのGMトウモロコシ事件に関する共同声明」に署名した。共同声明では、GM汚染を防ぎ、農民が彼らの農場と生態系を修復するのを助け、そして被害を受けた農民と国に対する修復と補償の負担責任は、GM製品の製造企業にあることを明確にするために、地方、国家、そして国際的レベルで行動を起こすことを要求した。(16)何よりも、最も直接に被害を受けた人々、つまり多様なトウモロコシ品種を生み出し、保全する責務を担う農民と現地の人々の懸念、必要、および要求に耳を傾けなければならない。

国際的なレベルでは、共同声明は国際農業研究協議グループ(the Consultative Group on International Agricultural Research:CGIAR)と生物多様性条約(the Convention on Biological Diversity:CBD)、国連食糧農業機関(the Food and Agriculture Organization :FAO)などの政府間機関に次のことを要求している。

  • GM汚染が農作物の原産地、および/もしくは多様性の中心地における生物多様性に対して重大な脅威をもたらす可能性があると認識すること。
  • 農作物の原産地、および/もしくは多様性の中心地を持つ国や地域で、食糧、飼料、加工用(GM種子と穀物)、または調査目的の遺伝子組み換え作物の流入を即座に一時中止することを提案すること。
  • 農作物の起源、および/もしくは多様性の中心地においてGM汚染がどのような影響をもたらすかを明らかにするために、農作物ごと地域ごとに厳密な研究を行うこと。
  • FAO・CGIAR 信託協定(信託所有されているすべての種子に対する知的所有権請求を禁じる協定)の下で庇護している国際的な遺伝子銀行が所有している農作物種子の純粋性を保証する措置を即座に採り、地元の農民が所有する多様な品種と遺伝子銀行を保護する措置を採ること。

* 編注:地元の品種の損失もしくは劣化を引き起こす可能性がある遺伝的不安定性の原因はそのプロモーターにあるという憶測もある。

Notes

1. D. Quist and I. Chapela, "Transgenic DNA Introgressed into Traditional Maize Landraces in Oaxaca, Mexico," Nature 414, 6863 (November 29, 2001): 541 - 543.

2. J. Hodgson, "Maize Uncertainties Create Political Fallout," Nature Biotechnology 20 (February 2002): 106 - 107.

3. ETC Group, "Unnatural Rejection: The academic squabble over Nature magazine's peer-reviewed article is anything but academic," February 19, 2002, and "Joint Statement on the Mexican GM Maize Scandal," signed by 144 farmer and other civil society organizations. (Both available online at www.etcgroup.org.) See also: J. Matthews, "Amaizing Disgrace: Monsanto "Up to Its Dirty Old Tricks Again," The Ecologist 32, 4 (May 2002).

4. Editorial Note, Nature 416 (April 11, 2002): 600.

5. P. Elias, The Associated Press, "Corn Study Spurs Debate over Corporate Meddling in Academia," April 18, 2002.

6. C. Clover, "'Worst Ever' GM Crop Invasion," The Daily Telegraph (London), April 19, 2002.

7. P. Brown, "Mexico's Vital Gene Reservoir Polluted by Modified Maize," Guardian (London), April 19, 2002.

8. Personal communication between ETC staff and Tim Reeves, Director General of CIMMYT, at meeting in The Hague, April 12, 2002.

9. N. Louwaars, J.-P. Nap, B. Visser, and W. Brandenburg, "Transgenes in Mexican Maize Landraces," Plant Research International, Wageningen, The Netherlands; released in April, 2002.

10. C. S. Prakash, "Scientists Say Mexican Biodiversity Is Safe; Concerns about Cross-Pollination Unfounded," www.checkbiotech.org, posted December 21, 2001.

11. See, for example, M. A. Altieri and P. Rosset, "Ten Reasons Why Biotechnology Will Not Ensure Food Security, Protect the Environment and Reduce Poverty in the Developing World," AgBioForum 2, 3 - 4 (1999): 155 - 162 (available online at www.agbioforum.org), and P. Rosset, "Anatomy of a Gene Spill: Do We Really Need Genetically Engineered Food?" Institute for Food and Development Policy Backgrounder 6, 4 (Fall 2000) (available online at www.foodfirst.org).

12. R. McKie, "GM corn set to stop man spreading his seed," The Observer (London), September 9, 2001.

13. A. Scott, "HIV Vaccine Grown in GM Maize," Chemical Week, 164, 18 (May 1, 2002): 33.

14. "En defensa del maiz y contra la contaminacion transgenica," news release issued by civil society organizations (CASIFOP, CECCAM, ETC Group, ANEC, CENAMI, COMPITCH, FDCCH, FZLN, Greenpeace, Instituto Maya, SER Mixe, UNORCA, UNOSJO, and RMALC) in Mexico City on World Food Day, October 16, 2001. Translated by ETC Group.

15. J. Mendelson and A. Kimbrell, "Brief Amici curiae of American Maize Growers Association and National Farmers Union in Support of the Petitioners," J.E.M. AG Supply, Inc. v. Pioneer Hi-Bred International, Inc., U.S. Supreme Court 99 - 1996 (2001).

16. February 18, 2002. Available online at www.foodfirst.org.

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