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第21章 原住民の知恵の実際的応用(前半)
今までの章において観察し推論してきたことが、個人や国民の性格にまでひじょうな影響を及ぼしていることを本当に理解すれば、私たちは近代文明の未来を考える上で、重要な問題をいくつか解決できる。私たちがもっとも緊急に変更を迫られている見解の一つとして身体的、精神的、道徳的歪みの原因が、一般的に通説として考えられている遺伝によってではなく、そのかなりの部分は、両親の少なくとも一方の栄養障害が、子どもの発達に影響を与えることによってもたらされるという点についてである。栄養障害に根ざす両親の身体的問題が、生殖原形質に何らかの悪影響を与えることは明らかで、その結果、胎児の体の構造も影響をこうむることになる。このような母体は、脳を含む胎児の身体形成を完全には行なえなくなるのである。言い換えると、以上に述べたことは、つまり、私たちは遺伝による要因だけを考慮に入れるのではなく、正常な遺伝が妨害されることによって生じるひずみについて考察しなければならないということである。このようにみれば、後世の子孫についての展望を変えることができる。先祖返りという説は、たとえそれが個人の性格のひずみを説明しえないとしても、依然としてその価値の多くを留めている。
ヤコブソン氏が「日常生活によくみられるジキルとハイドは民族の混血である」と言っているのは、実にこれは個性やパーソナリティーの決定因子について端的に要約して述べているのである。最近の諸説はたいてい悲観的なもので、現代の身体的、精神的、道徳的奇形が引き続き起こることから、我々は、事実上免れえないとする見通しをもっている。ヤコブソン氏は現代の若者について次のように述べている。
今日の若者に奇妙な行動様式がみられるのは実に単純な理由からで、それは民族的故郷がないのである。彼らはさまよえる雑種人間で、何ごとも誠実に信じることができず、祖先の霊魂とはまったく関係がないと思っている。こういった自分の素性、伝統、掟をもたない神経症的雑種人間を何百万も世に放り出すことは、不条理を強いるのと同じように罪悪である。長い間守られてきた信念によって、何の抵抗もなく、自然に、そして無意識のうちに行動してきたのに反し、今やそれに代って、若い世代は恐れと意味のない禁制に基づいて行動している。こういった基礎の上に、どうして立派な人格を築くことができるだろうか。もし現代の退化が以上に述べられているように、相入れない雑多な種族の血が混ざることに根ざしているとするならば、将来の展望はきわめて悲観的なものとならざるをえない。こうした支配的な傾向に対する今日的解釈に悲観的になっている人は、第17、18章で述べたことを思い浮かべていただきたい。つまり、雌豚がビタミン不足による栄養欠乏症にかかり、生まれた子がすべて目が見えないか、不具であったにもかかわらず、正常な栄養が与えられると障害がある豚でも正常な眼と身体をもった子どもを生むことができるということである。
あるギリシャ人に顕著なドイツ系の容姿をもった子どもができて悩んだとか、またドイツ女性がなぜかスペイン風の子どもを生んでしまったとかいう話には、一面哀れみを誘いはするが、他方では滑稽な面もある。これは鶏がアヒルの子をかえしたり、狼が人の子を育てるようなものである。
ある特種な血統は相入れることがないとよく言われてきた。ヤコブソン氏(1)はさらに言う。
環境による影響は別として、2種類の血がうまく混合しない場合、ある意味の「分子侮辱(molecular insult)」が起こると想定してもさしつかえない。現在輸血の時にはあらかじめ検査をし、血液型を合わしているように、生物学者もいつかはこうした事態を前もって察知することができるかもしれないが。天才は奇形児がたくさん生まれなければ発生しないとの憂うべき旧説に対して、新しい説明がなされていることは幸いである。これについてヤコブソン氏は言う。
天才は種族的には混血と特異な神経症の血統から生まれがちである---特異というのは悪性部分がひじょうに顕著だという意味である。人間は特異な才能を得るため犠牲を払ってきた。自然は一般的には人類のある種の型や種を発達させる上で、かなりの切り捨てをやっていることから、無駄になった人間も多い。少数の天才が生まれるためには、多くの精神異常者と障害者が無駄にされたと考える人もあると思う。つまり、1人の天才が創造されるには、罪人、病弱者、精神病者の1部隊が必要だと考えられる。ニーチェが、大衆は天才のための単なる「肥料」であると言ったとき、以上に述べた生物学的な意味を認識していたのかもしれない。こういったことから、天才は糞の山に咲く百合の花にたとえられてきた。天才はその家系の全エネルギーを吸収し、肥料となる多勢の者は吸いつくされっぱなしなのである。私たちが得た未開種族の最近のデータを見ると、この理論が真実でないことに気づく。というのは、一世代においてあらゆる重度の異なる身体的、精神的、道徳的奇形が、血統的には純潔で、遺伝学的に何も問題がなくても起こることが明らかになったからである。
「天才とバカは紙一重」と精神病理学者がいみじくも表現しているように、知的優秀性と劣等性は直接関係があるものだと一般大衆も考えている。しかしこの考えは、組織的な科学的研究にもとづく統制されたデータによって立証されたものではない。だが、この説の主たる代弁者、マウズリー氏は、「天才と言われる人物には精神病者や神経障害者が家にいない者などはいないと言えるし、またこれは誇張ではない」と述べた。この学説を支持する観点から書かれた偉人の伝記が多く出版されている。しかし、今日もっとも著名な心理学者で、精神分析医でもあるヘーブロック・エリス氏によると、この学説を実証する例は2%以下で、全人口を考えてもせいぜいその半分以下であり、実験グループでも4.2%しかなかったという。ハーバード大学のイースト氏は、この学説の賛否両論について触れた後、「もっとも信頼のおける有能な研究者の調査を対照してみると、天才と精神病者との関係はまったくないといってよい」と述べている。
いまだに昔の宿命論的な教理を信じる人は次の質問の回答を考えてみるがよい。なぜ偶然にそうなるよりも末っ子には身体的に弱い子が多いのか、なぜ40歳以上の母親には重症の奇形児が生まれるのか、また大家族の中では障害者は家族の最後の方に生まれるのかについてである。このような疑問はメンデルの遺伝説によっても説明できない。
バーミンガム大学のJ・C・ブラッシ教授は、現在の諸理論について評論している(2)。彼は、変異の起源を支配する要因を考える上で遺伝の役割を強調する。しかし、彼が指摘しているような遺伝による顔や顎の奇形は、前にも述べたように、未開の種族が未開食から近代食に変えた後、第一世代や第二世代にも同じように顔や顎の奇形が見られるのである。ブラッシ教授は、子どもの成長期に十分な栄養のある食事を摂ることが重要であると強調し、そして上下顎の咬合異常は、くる病の直接的な表現ではないと言う。また、ヘルマン氏は幼児病の重要なことを強調した。ここで言っているような障害は直接遺伝とは関係ないのである。
脳の構造と、知能や行動として現われるその機能との関連について、実験と臨床面から研究し実績をあげているものに、第19章で述べた英国のトレッドゴールド氏の調査と、マサチューセッツで行なわれた「ウェバリーによる精神薄弱の病原学的研究」の2つがある。トレッドゴールド氏は脳障害には「生殖質障害」と機能「阻止」に基づくものとがあると考え、特に前者を病理学的で自覚的なものではないとする。またそれは両親のどちらかの生殖質が害を受けることによって起こるとしている。機能「阻止」に関しては、子宮内での障害によって起こると考えている。
ウェバリー研究グループは、精神障害をもつ脳に関してひじょうに詳細な解剖学的研究をマクロとミクロの両面から研究し、そしてこのデータを患者の生きている間の精神および身体的な臨床的特徴に関係づけたのである。彼らは10人からなる2つのグループについて研究したことを詳細に報告している。二番目の集団についての結果を要約したものを見てみよう(3)。
第二次調査から得た結論と、第一次と第二次調査を併せたものから得た結果は、第一次調査で立てた仮説的命題と同じようなものであった。つまり第一に、脳の測定可能な項目に関する統計と知能の高低を決める試験結果などとの間には、かなりの関連性がみられるのである。小さくて単純なつくりの脳は低能者、白痴となって現われ、もっとも複雑な脳の形態は重度の低能や精神薄弱の異常者と結びついていた。未開種族が示した教訓から、私たちの近代文化の中で起っている急速な退化を阻止するある種の方法を学ぶことができる。前述したように、身体的、精神的、道徳的障害を伴った発達異常が生まれるのは、それを減退させたり防止したりすることができるある要因の結果であるとするならば、この減退なり防止を実現するためには、我々はいったいいかなる計画をもって将来に向っていったらよいのであろうか。
私はここで、未開種族が貴重な知識を私たちに与えてくれるものと推定して、論を進めたい。まず第一に、未開種族は身体的に優秀な子どもを生むことのできる食事法を実行していた。つまり母親になる女性には、特別に準備した食事を与えることによってこれを実現していたのである。重要な点は、普通妊娠していることがわかってから特別な食事が与えられることが多いが、そうではなく、受胎するずっと以前から特別食を供給し始め、場合によっては母親となる女性だけではなく、父親となる者にも特別食が与えられるということである。海に接する未開種族は、海の幸が豊富に手に入ることから、海の動物やその産物を主食としてきた。特にエスキモー、南洋諸島に住む人々、オーストラリアの北の諸島に住む人々、外ヘブリジーズ諸島のゲール人、ペルー海岸地帯のインディアンなどは栄養補強源として海の幸に多く依存している。以上述べた人々は、共通して魚の卵を出産のための特別食に用いる。アフリカの遊牧民族、アルプス峡谷に孤立したスイス人、北インドを含むアジアの高原地帯に住む人々は、ひじょうに良質の乳製品に依存している。アフリカのある地域に住むマサイ族では、牛が新鮮な青草を食べられる季節になるまで結婚するのを待たせた。結婚するまでその良質のミルクを数ヶ月間飲ますのである。アフリカのいくつかの農耕部族では、結婚する6ヶ月前から特別食を与えていた。こういった特別の食事計画は第17、18、19章で述べたように、最近の動物実験の結果からみてもひじょうに重要な意味をもっていることが明らかである。
健康な子どもが生まれるために未開種族が用いた統制方法は、妊娠をコントロールして出産と出産との間を意図的に引き離すやり方であった。兄弟姉妹たちには約2年半から4年の隔たりがみられる。アフリカの部族では多妻制をとることでうまく出産間隔をとっていた。したがって、一番幼い子をもつ母親はすぐには出産できないようになっている。
ニュージーランドに住む固有の文化をもつマオリ族は、この目的のため、産児制限と家族計画を行なっていた。フィジー島のある種族は出産の間隔は4年であった。
こういった慣習は、近代社会における無計画で無秩序な出産、あるいは広く普及している接近した出産とはひじょうに好対照をなしている。そこで即座にある疑問が起こる。本書において今まで述べてきたデータを基に、いかにして近代文明の健康状態を改良できるのだろうか。まず第一になすべき重要なことは、現在の無計画あるいは接近した出産がなぜ不適当かということについて正しい知識を与えることである。特に、高校の男女生徒をも含む教育活動がなされるべきである。
少年少女の教育に関して興味深いことは、未開種族は少年少女に対するひじょうに明確な指導計画をもっていることである。ある種族では、助産婦によって若い女の子を対象にした出産指導が行なわれている。こういった教育を施している種族でも、出産がとても軽くて済むので出産のための特別指導はまったく必要ないと考えている種族もある。古代ペルー人特にチムー文明においては、産業、家の建築、家政のための一定の指導計画が実行されていた。こうしたことは、実際に用いられていた水差しなどに当時の出来事が描かれているといった具合いに、陶器に再現されたものによって理解できるのである。出産に関する事柄も、妊娠の一番初期から実際に出産するまでの過程は、すべての若者にとって一般常識であったのではないかと思われるほど、この陶器類にはその様子が詳しく描かれていた。また生涯のうちに直面するような問題の多くも、同様に陶器の絵で説明されていた。
結婚した若い夫婦に対する母親の健康相談に関しては十分な資料が見つからない。もし雌豚が、来るべき出産で、遺伝的にみてすべて正常な小豚を得ようとするには、6ヶ月間の特別食が必要だとしたら、人間の母親となるべき人はもっと食事に考慮すべきである。健康体を維持するだけのビタミンAでは不十分であることは以前にも述べた。もしひじょうに効率のよい出産を望むのであれば、もっとビタミンが多量に必要であろう。未開種族の人たちは交通の便がなくとも、遠くまで出産に備えて食料を調達に行くが、近代的な交通機関がありながらも、なぜ近代人は未開種族のように有効的に出産できないのか、理解に苦しむ。
未開種族に近代的な育児法を啓蒙しようとする近代主義者は、未開種族の生まれたばかりの赤ん坊の世話の仕方を痛烈に批判する。生まれたての赤ん坊を吸収性の強い苔で包み、毎日その苔を取り替える風習は、多くの未開種族の間で行なわれている。しかし、生まれたばかりの赤ん坊は、出産してから数週間は全身を洗うことをしない。このやり方は未開種族の間では一般的に正しいと認められてきたが、近代主義者は大半が、それを、残酷きわまりない、下劣なやり方だとひどく非難している。オレゴン州、ポートランドのウィリアム・フォレスト・パトリック博士は、生まれたばかりの赤ん坊を洗い身体をきれいにすると、きまってすぐ後に発疹が起こることにたいへん関心をもっていた。彼は大自然に従うことが、何らかの解決法を与えてくれると考えた。1931年には、赤ん坊を産まれてから洗わず、また油も塗らず、2週間というもの生まれた身体についている油をそのままにしておいた。その結果、近代的な扱いをする時に現われる発疹や感染はまったく見られなかった。そして、この方法はオレゴン州のムルタノマ都立病院において採用され、1916人の乳児に対して洗うことも油を塗ることもしなかったところ、そのうち皮膚炎にかかったのはたった2人だけだった。ただし、衣類は毎日変えられ、お湯でお尻が洗われたと報告されているが、これ以上のことは何もされなかった。パトリック博士の話によると、乳児の皮膚は出産後12時間経つと自然に透明になり、自然の保護膜は消えてなくなるという。未開種族の育児法を観察して絶えず驚かされるのは、育てている赤ん坊が泣いたりぐずついたりしているのをほとんど見ることがないことである。もちろんお腹が空いた時には泣き声を立てる。そうすると、未開種族の母親は、可能なかぎりすぐさま乳を飲ませるのである。
未開種族の知恵から応用できる重要な事柄の一つとして、身体的、精神的、道徳的障害の原因となる、形成期に発生する身体的欠陥を防止する諸方法に関することがある。私がスバにあるフィジーの原地博物館を訪れた時、そこの館長は原住民が正常で健康な子どもを生むにはどういったことが行なわれているかをよく知っていた。彼は、生まれてくる子どもが優れた身体をもち、頭も良くなるよう母親に食べさせるクモ蟹を見せてくれた。住民は明らかに、母親となる女性に食べさせる食物が子どもの身体的、精神的能力を規定するのだと信じている。太平洋諸島の多くの島でみられる未来の母親に対して与える特別食はとてもユニークである。たとえば、女性が妊娠するとすぐに酋長に報告がなされる。そうすると酋長は祝宴と儀式を執り行ない、産まれてくる新しい部落の構成員を祝福するのである。この祝宴では、部落の者たちは、もしこの生まれてくる子の両親が亡くなれば、その子どもを引き取ると自らに誓う。また、この席で酋長は2人の若者に毎日海へ行かせ、生まれてくる子どものために母親が十分栄養が確保されるよう、特別な海の食物をとってくるよう命令する。ビタミン含有量を調べた最近の研究によると、それは食物の中でももっともビタミンを豊富に含んでいる。したがって、未開種族の人たちが妊娠前と妊娠期間中、海の幸を豊富に使用することを重視していたことは、現代の母親にも伝えられるべきである。図129には、フィジー諸島の婦人が数マイル離れた海辺までやって来て、エビ蟹と思われる蟹を採っているところが写っている。彼女の種族のならわしによると、この蟹は、立派な子どもを生むのに特に効果があるとされているのである。
図129 このフィジー島の婦人は健康な子どもを生むために、遠い道程を特別な食物を探しに来たのである。この婦人や多くの未開の人々は結婚前、妊娠中、保育期間、そして次の出産のための体力強化には特別食が必要なことをよく知っている。
北極近くに住むインディアンは、動物の臓器を特別食としている。北極圏周辺のオオジカの棲息地に住むインディアンの社会では、他の月と比べて6月生まれの子どもがひじょうに多い。これは私が聞いたところによると、交配期になると高い山岳地帯から雄のオオジカの大群が下りてくるが、その時期には雄の首の下にある甲状腺を包んでいる大きなこぶがずっと膨らみを増し、インディアンたちはそれをふんだんに食べるからである。
エスキモーの間では、生殖能力を増すために出産間近の女性は魚の卵を食べ、父親となる男性は鮭のしらこを食べる。
ペルーの海岸地帯に住むインディアンは、アンジェローテの卵といわれている雄の卵胎性魚の臓器を食べている。この臓器は父親となる男性が食べ、卵は母親となる女性が食べる。
アフリカでは多くの部族民が沼や湿地や小川である種の植物、特に水生ヒアシンスを採集しているのを見かけた。こうして集められた植物は乾燥した後、それを焼いてできた灰を母親と子どもの食事に混ぜて食べる。図130の右の写真がそのヒアシンスの一種である。左の写真には首のまわりに大きなこぶをもった女性が写っている。彼女はエドワード湖よりも高い海抜9000フィートの山から下りて来ていた。この山では、飲み水はすべて雪を溶かしたもので、沃素を含んでいない。この女性は6000フィートのところまで下りてきて、水生ヒアシンスやその他の沃素を含む植物を集め、そしてその灰を子どもたちが彼女のような「太い首」にならないために持って帰ったのである。
図130 首にこぶのあるこのアフリカの女性は、ベルギー領コンゴの山にあるナイル川の水源に近い海抜9000フィートの高地から、6000フィートのところまで特別な植物を集めに来た。その植物を灰にしたものを子どもたちに甲状腺腫ができないようにと持って帰った。右はナイルに咲く植物、水ヒアシンスの花で、焼いてその灰を使う。
アフリカの大半の部族では妊娠期間だけではなく、妊娠前と出産後も母親のための特別食が用いられていた。
未開種族の驚くべき知恵の実例として、私はひじょうに珍しい特徴をもった2種類の穀物が出産後に使用されていることを発見した。一つは赤いキビで、カロチンのほか他の穀物より5倍から10倍のカルシウムを含んでいる。また、アフリカのいくつかの部族では、子どもを育てている母親にはリンガ・リンガという穀物が与えられていた。これはペルー・インディアン、そのなかでも特に子を育てている母親がよく食べるキーヌアと呼んでいるものと同種である。その植物学上の名称はキーノア(quinoa)である。この穀物は、無機物を多量に含んでいるだけでなく、母乳の出をよくする刺激剤でもある。私は英国、米国の人々の間でこのような穀物が食べられたという記録を見たことがない。第14章で私は、ペルー海岸地帯に発生した古代チムー文明の子孫であるペルー人たちが、少女の発育期に将来丈夫な母体をつくるために魚の卵を多量に食べさせていることを述べておいた。特に女性の出産する時期にはこの魚の卵が重要な栄養源となる。魚の卵はペルーの海岸地方では市場で手に入るし、山岳地帯の市場でも乾燥したものが求められる。こうして魚の卵は、シェラ高原の婦人にも生殖能力を増し、出産を楽にするために利用されるのである。アラスカから持ち帰った乾燥卵を実験室で他の食料サンプルと同様化学分析をした結果、身体の形成にあずかるミネラルやビタミンを豊富に含んでいることがわかった。これについても私は、近代文明においては、身体の発育を促進したりたやすく出産できるような母体にするために、それを食用したという記録にはお目にかかったことがない。第15章で述べておいたように、アマゾンの森林地帯の部族では海岸線に住む種族同様父親にも特別食が与えられる。
英国の生化学者ドラモンド教授は、英国医学会において現代人の生殖能力の低下に関する問題について次のような意見を述べた(4)。つまり、ヨーロッパの最近50年間における出産率の低下は大部分、国民の食生活の変化に関係している。すなわち小麦を製粉する過程で麦芽が取り去られる結果、ビタミンBとEも失ってしまったことに起因しているのである。彼はまた、全粒小麦粉の代わりに精白粉をつくるといった、製粉法における変化が起った時期と出産率の低下が直接対応している事実に対して注意を促した。
未開種族の知恵は私たちが直面する多くの問題に光を投げかけてくれるが、そのなかでも一番切実な問題は、生まれてくる子どもをいかに健康な子にするかということである。この問題は、両親の生殖細胞の健康状態と胎児の母体環境によって左右される。すなわち子どもの身体的構造に大いに関係すると考えられてきている以上、こうした各種の有害要因を十分取り除くことができるほど前もって準備しておかなければ、問題は解決しない。子どもに影響を与える遺伝性の普通の要因は、ある世代に起っても将来の世代に固定した特徴となって受け継がれるとは限らない。したがって、この両親の栄養補給という問題が、出産児の優れた健康と身体を規定づける基本的要因となるのである。
身体的障害をもつ若い男女が自分たちの障害を子どもたちに遺伝させる危険性に対して、彼らに責任があるのかどうかという、しばしば引き合いに出される問題に私は注目してきた。事実、多くの人が、こうした不安から、つまり自分たちの子どもも同じように障害をもつことになるだろうと周囲から教え込まれているおかげで、しかたなしに、また自信ももてないまま結婚を断念せざるを得なくなっている。
すべての精神障害者がその子どもに障害を遺伝させる危険性があるという仮説に基づいて、そのような人たちを隔離したり、不妊手術を施して無能力にしてしまうような方向に働く強力な動きは、常に存在している。いくつかの未開種族は正常な発育と機能をもたらす適切な食事計画を実行することによって、犯罪者や障害者の一人もいないかなり大きな集団を形成してきた。生殖細胞が害を受けたり、子宮内の適切かつ正常な環境が妨害された結果障害者が生まれたとしても、その彼らさえも大自然の理想である正常な身体、精神、道徳を兼ね備えた人間に漸次立ち返っていくような、ひじょうに完壁な社会を建設することはできないものであろうか。
知能や道徳観念は個人に帰属すると考えられていることから、社会はいわゆる「非社会的人間」から社会を守るだけでなく、本当は社会が彼らを傷つけたのにまるで彼ら自身のせいでそうなったかのように連中を扱ってきたのである。しかしこれは明らかに間違っている。もし彼らが、両親の不適切な食事法の結果生まれたことが立証されれば、こういった誤った認識も変わらざるをえないであろう。
未開種族のなかでも、ひとたび近代食に依存するようになった多くの家族では、顔や歯列弓に著しい変化が生じた子どもが生まれていることはすでに述べた。白人の近代文明社会においてもこうした変化は頻繁に起っており、かなりの家庭で、同じ家族のなかでも小さい子になるほど順次歯列弓が狭くなっている状態がみられる。永久歯は7歳から12歳までに生え揃うが、その歯列の位置はX線によって幼少期のはじめの方でもわかるので、この方法によって永久歯が生えないとわからない歯列不正を事前に予測することができる。
図131は3人の子どもの上の歯列弓をX線で写したものである。永久歯が正常に発達できない状態にあっても、後になって永久歯の歯列弓に現われる異常は乳歯の歯列弓からはわからない。ところが、将来生えてくる永久歯の歯列異常は、たとえ乳歯の歯列弓には異常が見られなくとも、後になって顔に現われてくる奇形に影響を与える。ここでは乳歯と永久歯の両方が見られる。図131ではこの3人の子どもたちの永久歯に奇形化が進行しているのがわかる(つまり下の子が一番奇形化が進んでいる)。永久歯の形づくる歯列曲線が狭いカ一ブを描くというのは、アメリカ合衆国の少なくとも25%の家族に見られるというきわめて顕著な現象であって、地域によってはその比率が50%から70%に達しているほどである。
図131 ある家族の3人の子どものX線写真。年下になるほど上顎歯列弓の影響がひどく、永久歯が出てくる位置がだんだん狭くなっている。歯列曲線の幅が狭くなっていることに注意されたい。
図132 これはある家族の末の2人の子の奇形の度合いが、下にいくほどひどくなっていることを示すX線写真である。下の子の場合、歯列弓がずっと狭くなり、左右の歯が中央の歯と重なりあい、そして犬歯と犬歯の間隔がとても狭くなっている。
図133 この家族では、上の写真と下のX線写真からもわかるように、左の一番年上の子は形成期に、顔と歯列弓の形状に異常が起っている。この子どもは出産には53時間を要したが、二番目の子の場合は母親が妊娠中に栄養を補強していたので3時間ですんだ。
家族のなかでも年齢の若い者ほどこういった損傷が大きいことを示すもう一つの例が、図132にやはりX線写真として挙がっている。最年長の子どもの永久歯の歯列弓(左)が広い幅をしているのに対して、その下の弟たちの歯列弓(右)は著しく狭い。
歯列矯正術で顔の形を整えたり、歯列不正を直すことによって顔の表情はずいぶん改良することができるのだが、身体のその他の部分に起った異常、たとえば腰や骨盤の異常なほどの未発育となると変えようにも変えられない。したがって未開種族が行なってきたように、母親になろうとする女性は食生活の改善による十分な栄養摂取が必要で、それにより、現在の女性が身体の優秀なる子どもを生む能力が漸次低下しているのを防止することができるのではないかと思う。
図133を見てみよう。左上は10歳の長女で、彼女は顔と歯列弓が極端に狭くなっている。鼻孔もひじょうに狭く、どちらかといえば口で息をしている。また、とても神経質でねこ背でもある。左下は狭くなった上顎歯列弓のX線写真である。右にいるのはこの少女の妹で6歳である。彼女の顔のかたちは姉と比べれば数段正常に近いものであり、呼吸も完全に鼻でなされている。妹には姉にみられる神経質なところはない。右下のX線写真で永久歯列弓は永久歯の位置によってわかるが、姉のよりは伸びていないが形はよい。この姉妹の出産状況は興味深い対照をなしている。姉の場合生まれるまで53時間苦しみを味わったが、妹の方は3時間足らずで終った。上の子の場合、出産後母親は数ヶ月間病弱に悩まされた。下の子の時は母親には体力や健康面でさしたる影響は出なかった。上の子の妊娠期間中は栄養の補強はまったくなされなかったが、妹の時には、出産に好結果をもたらす未開種族の例の食事法を採用したのである。この食事法はミルク、青野菜、海産物、動物の内臓を用い、そして高ビタミン・バターと高ビタミンの肝油によって脂溶性ビタミンを補強したものである。母親が子どもの胎児期に以上のような方法に則って栄養補強を行なった場合、出産時の苦しみは大幅に減少し、子どもの活力も増大したのである。
健康な新しい世代を世に送る上で子孫の身体能力に関しては母親に責任があるという時、退化の進行する近代社会に直面しながら、というもっとも深刻な問題の一つが、そこには含まれている。檻のなかに監禁されている猫科の動物が子を育てる場合のむずかしさというものを、動物園の園長が感じている点については、前章ですでに論じたところである。動物の内臓を餌に使う近代的な飼育法が確立されるまでは、未来の母親自身がジャングルで生まれていない限り、つまり母親自身が檻のなかで生まれている場合には、骨盤の丸みある発達が未熟であることのために、子どもの正常な出産を妨げることが多いようだということは、実に一般的に知られていた。クリーブランド動物園では、檻の中で生まれた一匹の貴重な雌虎には無事に子を生むことができないことがわかった。帝王切開が試みられたが、母虎は死に子どもも死んだ。動物園の獣医の一人が私に話してくれたところによると、骨盤が全体に小さすぎて子どもが産道をくぐり抜けられなかったのだという。この母虎の顔の骨を調べてみると著しい発達異常が見られたのである。
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