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第15章 近代食と未開食の特徴(前半)
肉体の面でも、精神の面でも、また道徳の面でも退化の過程を防止するうえで、未開種族の方が近代化された集団よりも優秀なのは、なぜだろうか。その答えは、未開種族が大自然の法則に従った生活をしていることにだけ求めることができる。未開人の生活の知恵を評価するのには、次の2つの手法がある。まず第一は、収集してきた資料について近代科学の知識に照らして解釈を行なうこと。第二は、その未開人の知恵を現代社会の様々な問題に、実際に応用してみることである。特に、未開の人たちが大自然の法則に従って生活していくことに一層成功していることは、未開人特有の食事法によるところが大きいのである。したがって、まず、我々の食べている文明食と比較するため、これまでに知られている生物学的必要条件をもとにして、未開人の食事内容を検討してみること、次に未開人の食事内容と等しいものを現代人に食べてもらって、その結果をみることが望ましいわけである。
ところで、身体を形成したり回復していく物質についての生化学的知識が進んだおかげで、有機触媒に関する知識がそれほどなくとも未開食と近代食の比較を行なうことができるようになった。シャーマン氏(1)が指摘したように、人間が必要とする各種のミネラルやビタミンの量については、一般に認められている最低量と最適量を基準として用いれば、それがそのまま未開食を評価するものさしとしても使えるわけである。
人間の身体を構成している要素は18種で、どの要素も、必要不可欠であるには違いないが、ほんのわずかな量で済むものもあるし、相当な量を必要とする要素もある。健康な成人なら、日々の食事から1日0.5ないし1gのカルシウムや石灰を摂取する必要がある。しかし、摂取した食品のなかのミネラル類の半分以上を吸収することはほとんど不可能である。燐分はカルシウム類のおよそ2倍の量が必要である。鉄分は1日当たり1/7ないし1/3g摂取しなければならない。その他の要素のうち数種のものは、これらより少なくて済む。
そうしたミネラル類を活用したり、身体の諸器官の働きを維持促進したりするためにも、賦活作用をもつ有機触媒が相当量必要である。これには既知のビタミンと未知のビタミンが含まれる。ある種の実験用動物とは異なって、人間には体内でビタミンのような特殊な化学物質(身体構成要素ではない)を合成する能力がない。数種の動物にはこの能力がある。例えば、ビタミンCの欠乏によって起こる壊血病には、ねずみはなかなかならない。というのもねずみは自分でビタミンCを造り出すことができるからである。同じく、モルモットがくる病にあまりかからないのも、ビタミンDを合成する能力をもっているからである。人間の場合年が若いと、ビタミンDや必要なミネラル類が欠乏した時にはくる病になる。犬はビタミンCもDもともに合成する能力があるので、くる病にも壊血病にも簡単にはかからない。残念ながら、人間はそういう幸運に恵まれていないわけである。したがってまた、ビタミンB(B1)が不足すると、人間にも鳥類にも脚気のような神経系の障害が現われるのである。他の動物にこうした症状が現われることは稀であって、あったとしてもまったく違った現われ方をする。
いろいろな未開種族がどんな食事をしているかについては私たちにも知識があるのだから、近代食との比較で未開食に含まれているミネラル類やビタミン類の量を、おおよそであっても算定してみることができる。一見複雑にみえる問題も、世界各地に点在する白人の食べている食物は、その品目という点でそれほど多いわけでもなく品質も一定しているのだから、単純化して考えることができる。したがって、未開食にとって代わりつつある食事は、これまで考察してきたいくつかの近代化された集団のものと類似したものと考えてよい。
私たちの問題をさらに深める意味では、一般に野生の動物は、現在白色人種が蒙っているような退化の過程には、ほとんど巻き込まれていないことを銘記しておいていただきたい。私たちは、その理由を動物が食物を選択するにあたって動物にそなわった本能によって行なうという点に求めるのである。人間には身体が要求することをはっきりと認識するためにある種の典型的な能力がそなわっていたが、使わなくなったためにそれが失くなってしまったということもあり得る。言い換えれば、現在私たちが飢えを意識する時、そこには、身体を温めたり体力を補ったりするエネルギーに対する飢えしかないのである。一般に私たちは、食物に身体を形成し回復する物質が含まれていようがいまいが、一定のエネルギーを採ればそれ以上食べようとしない。食品中の熱量やエネルギー要素の量はカロリーで測定される。適切な食事を考えるためには、身体を形成する要素とエネルギーになる要素の割合をほどよく配分しなければならない。人間が必要とする身体の形成や回復にあずかる物質の量は、年齢や体重が同じであればどの人も似たようなものであるが、座りがちの生活をしている人と活動的な生活をしている人とでは、大きな差があることを心に留めておかなければならない。同じように、成長期にある子どもや妊婦と普通の成人とでは、必要とする身体の形成や回復にあずかる物質の量はひじょうに異なる。
未開種族の食事は多種多様であるが、そこにはある共通の特徴が見られる。その特徴がいつもきまって現われるのは、病気に対する免疫が高く奇形が見られないような所である。一般的にいえば、そのような地域で採られている食物は、身体の形成・回復物質を適切に供給してくれる食物なのである。相対的に低カロリーの食品を未開人は食べているので、身体が要求する熱とエネルギーを補うためにはそうした食物を大量に食べねばならなくなる。未開人たちは、数は少ないが成分には富んでいるというような食物を、時にはひじょうな努力を払って確保してきたのである。こういった稀少な食品には、ヨード、銅、マンガンなどのミネラル類や、ある種のビタミンのようなたとえ少量しか必要でなくともひじょうに重要な成分が含まれている。ビタミンについて触れたついでに言えば、この独特な働きをする有機的触媒材についてはわずかなことしかまだ知られていないということを銘記しておく必要がある。医学関係者も一般大衆もビタミンDについては、せいぜい、それが一つの化学物質から成っていると考えている程度であるが、研究の結果ビタミンDを構成している新しい特別の成分が次々と明らかになってきている。最近のある文献(2)には、ビタミンDの8つの成分についてかなり詳しい記述がなされていたし、ビタミンDには少なくとも12種の成分があるらしいことを示す情報にも触れてあった。ところで、今まで述べてきた栄養素の代用となる合成剤によって栄養を強化した食事を摂れば、それで適当な栄養が補われると考えてはいけない。多くの人々だけでなく医学関係者までもが、賦活化されたエルゴステロールには、人間の必要な栄養を賦活するビタミンD群を供給するのに必要なものがすべて含まれていると思っているのである。
虫歯や様々な身体的奇形を抑えるようにも思える未開種族の食事内容も、ミネラル類や脂溶性賦活剤を含んでいるかどうかという点に基づいて、3つのグループに分けることができるであろう。ここでは特に「ビタミン」という語は使わない。というのも、ビタミンAからFまでについてはよく知られているのだが、有機的触媒材全体ということになると未だにほとんど何も明らかにされていないからである。医学や歯学の関係者にしろその知識がない人にしろ、そのほとんどが人間に必要な栄養は、6ないし8種のビタミンを摂れば十分だと思っている。こうした酵素類は、水溶性と脂溶性の2群に分類されている。好ましい結果をもたらす未開種族の食事にみられる基本的な特徴は、相当量の脂溶性賦活剤群が含まれていることに関係するものであることが明らかになっている。
私たちは、これまで虫歯を抑制し奇形の発生を防止する能力という観点に立って、様々の集団の食事がその点についてどの程度成功しているかについてみてきた時に、高地の孤立したアルプス峡谷に住むスイスの場合には、全粒のライ麦パン、乳製品、週1度の肉、夏期の生野菜、もしくは冬期の貯蔵野菜、これらで必要な栄養の大部分を補って成功しているのを発見した。数年間にわたってスイスのレッシェンタール峡谷から取り寄せた乳製品を私の実験室で分析したところ、世界各地で同じ季節に製造された乳製品に見られるビタミン含有量の平均値よりはるかに高い値を示すことが明らかになった。また、この高地の峡谷で生産されるミルクも、葉緑素を格別多く含んだ牧草やサイロに貯蔵されたまぐさで育てられた乳牛から採ったものである。このミルクやライ麦パンのおかげで、人々はミネラル類を十分に補うことができたわけである。
からす麦で作った製品や、容易に入手できる魚を主体とした海産物をとっていた外ヘブリジーズ諸島〔スコットランド〕の人々の食事も虫歯に対する高い免疫性を保ち、奇形を防止するのに良いものであることがわかった。外ヘブリジーズには乳牛を育てるのに適した牧場がなかったため、一般に乳製品が食卓に出ることはなかった。その地の厳しい気候に耐えて十分生育する穀物といえば、からす麦ぐらいしかなかった。夏期には幾種類かの緑色野菜を食べることもできたが、その他の野菜も栽培され冬に備えて貯蔵されていた。彼らの食卓には相当多くの魚も出されたが、それと同時に魚の肝臓が出ることもあった。魚料理で重要なのは、オートミールや鱈の肝臓を細かく切って鱈の頭に詰めて焼いた料理である。これは、成長期の子どもが食べるメニューとしても欠かすことのできないものである。その肝臓をも含めて魚類やからす麦は、虫歯にも高い免疫を示し、立派な体格をした外ヘブリジーズの人々にミネラル類やビタミン類を十分に供給していた。
アラスカエスキモーの食事には、魚に加えて海に棲む大型動物の内臓やその他の特別の組織がふんだんに使われていた。魚は、夏に大量に乾燥され冬に使用するため貯えられるのだが、冷凍にして食べることもあった。アザラシの油は、食事に副えてふんだんに利用され、その肉も特に好まれ普段からよく食べられていた。時にはアメリカトナカイの肉も内臓とともに利用されることもあった。果実類は、せいぜいこけももなどの2、3の漿果に限られ、それも夏だけのもので冬は貯蔵したものを食べていた。草木類の植物も数種しかなく、夏に採取して油漬けにするか凍らせて冬用として貯蔵しておかれた。エスキモーは、ツンドラねずみが隠れ家に集めて隠しておいた落花生を野菜の代わりに食べている。ある種の藻の茎や水辺の草木類、それに球根類も時おり利用されることがあった。しかし、彼らの食事の大半は、魚や海に棲む大型動物で、彼らは最大の注意を払い知識を動員してその器官や組織を取り出して使っていたのである。そのなかにはある種類の鯨から採れる内側の鯨皮も含まれていたが、これにビタミンCがひじょうに豊富にあることがわかったのは最近のことである。魚の出盛りの時期に乾燥しておいた魚の卵は、成長期の子どもにふんだんに与えられる。それが成長期や妊娠期に重要なものであることを彼らはちゃんと心得ているのである。この滋養に富んだ食物は、海に棲む動物から大量の脂溶性賦活剤やミネラル類を獲得することを可能にしたのである。
カナダ最北端のロッキー山地に住んでいるインディアンについて言えば、1年のうち9ヶ月間は、彼らの実質的な栄養源は大部分がはつかねずみやアメリカトナカイを中心とした野生の獲物に限られている。夏の数ヶ月間だけは生育した植物を食用にすることができる。冬には、樹皮や木の芽がいくらか食べられる程度である。私はインディアンたちが、胃壁や腸壁をも含めて動物の内臓を食べることをたいへん重要視しているのを知った。動物の筋肉は大部分犬に食べさせていた。北方に住むインディアンが大型の野生の獲物を捕らえているはずのところで、元のままの形をした骨にはめったにお目にかかれないということは重要な意味をもっている。私が見たのは、肉や内臓を取った残りの骨のその髄や滋養分をできるだけ多く取るために細かく砕いたものが積み重ねられている骨の山だった。ここのインディアンたちは、動物の内臓から脂溶性ビタミンやミネラル類を得ていた。子どもの重要な栄養源は、いろいろに調理した骨の髄で、子どもにとってはこれがミルクの代わりにもなる特別な食べ物ともなるのである。
南太平洋の諸群島やオーストラリア北部の島々に住む原他人たちの食生活は、大部分は付近の海で採れる魚貝類に依存していた。生のまま、あるいは熱を加えたこの魚貝類に添えて植物の根や果実が食卓にのぼっていた。この地方の人々にとっては、タロいもが重要な栄養源になっている。それは葉が大きいのでアメリカでは庭園の飾りつけに使われる「象の耳」と呼ばれるものに似たユリ科の植物の根である。これらの島のなかには、このタロいものやわらかな若葉を、ティアの葉にくるんで焼いたココナツのクリームといっしょに食べているところもある。ハワイ諸島では、タロいもは加熱した後乾燥し、粉状にすり潰して水を混ぜ好みの濃さにし、約24時間かけて醗酵させる。これがポイと呼ばれる食べ物である。他の太平洋の群島ではちょうど私たちがじゃがいもを食べる時のように、大量の蒸したタロいもを食べているのだが、タロいもをこういうふうにして食べると、少量でも同じ位の効果があるのである。これら南洋諸島の人々は、海で採れる甲殻魚やその他の生物から脂溶性ビタミンや多くの種類のミネラルを摂取していた。
中央アフリカや東アフリカの原他人は、甘藷、豆類、数種の穀類を大量に常用している。この地方の人々は、水の清い河や湖の端に住んでいる場合には、魚を大量に食用に供している。多くの部族では山羊か牛あるいはその両方が家畜として飼われている。その他の部族は野生の動物をふんだんに食べていた。このうち2、3の部族では、ビタミン源としてその土地特有の独特な食物を利用していた。例えば、ビクトリア湖などでは、ある季節になると、大きな羽をした昆虫が大量に発生する。この虫が湖岸に数インチもの厚さに堆積することもよくある。すると原地人たちはそれを集めて乾燥させ、プディングを作るために保存しておく。この食物のことは原地人が大いにそれを重要視しているし、宣教師たちの間でもよく話題にのぼっている。ビタミン源としてよく食用されているもう一つの昆虫は蟻である。時には10フィート以上の高さにもなる大蟻塚から捕らえてくる。繁殖期になると、蟻に羽が生え、大群をなしてその蟻塚を出て子を生むために大空へ舞い上っていく。こうした群れの飛行は雨が降っている時か、止んだ直後によく見られる。そこで原地人たちは、雨雲の効果を出すため灌木を切り開き、そこを、切った小枝で覆い、雨の音を真似て地面を叩いて蟻を外に誘い出す方法を考え出した。そこの宣教師たちは滞在中の私たちに、一番豪華な料理は蟻のパイなのだが、この御馳走をさし上げられないのは残念だと言っていた。他の土地と同じようにアフリカでもいなごの大群に悩まされることがよくある。このいなごも大量に集めては、すぐ食べるため調理してしまうか、後で食べるために乾燥させたものをすり潰して粉にしてしまう。これもまた、ミネラルやビタミンの豊富な供給源である。アフリカの原地人は、とうもろこし・豆類・リンガリンガ・きび・カフィールコーンなどを煮炊きしたり、焼いたりして食べていた。ほとんどは調理する直前に粉にしたものが使われる。
オーストラリア原住民の中でも、海岸地帯に住んでいる者は、海に棲む動物を主体にして、土着の植物や陸の動物などを利用していることがわかった。彼らは未開の状態にあった時には植物を栽培することを知らなかった。内陸部では、ワラビー、カンガルー、小動物、齧歯動物といった野生の動物を自由に手に入れ食用に供していた。彼らは、内臓やその内容物を含めて、食べられるところならすべて食べていた。
ニュージーランドに住む土着のマオリ族も、海の幸が手に入るところでも、大量の魚や海産物を利用していた。内陸の食料補給所でもムートンバード〔ミズナギドリの一種、オセアニア特にオーストラリアでの呼び名〕をふんだんに手に入れることができた。そこに並んでいる鳥は巣を飛び立つ寸前に捕まえられたものであるが、その繁殖地はおもにニュージーランド南島の最南端にある海岸地帯の岩場である。巣立ちの頃には、肉が柔らかで親からいっぱい餌を与えられてひじょうに肥っているのである。これを食べると肺病の治療に効き目があることは、オーストラリアでもニュージーランドでも広く喧伝されている。未だ島が未開の状態にあった時には、陸に棲息する鳥を大量に捕らえることもできたし、それに土壌が肥えていて気候が良かったために、野生の野菜や果実が豊富に生育していた。しだ類の根も大量に食用に供されていた。近代文明とその食品に接触するにはあまりにも孤立しており、その結果その土地の食物でほとんどまかなわざるをえなかったマオリ族の場合には、ある種の甲殻魚に独特の栄養価があることを知っていてそれを好んで食べていた。
海産物の価値について未開のマオリ族が、どれほどすばらしい本能的感覚や知恵をもっているかを教えてくれる見事な実例がある。それはニュージーランド北島の東海岸にある原他人の学校で歯の検査をしている時に私たちが体験したことである。その学校の子どもたちがこれまでにひどい虫歯にかかったことを示すような痕跡がほとんど見られない事実に、私は感銘した。そこで私は、子どもたちが昼弁当には家からどんなものを持って来て食べているのか、先生に聞いてみた。弁当持参というのは、多くの子どもは家が遠くて昼休みに食事に帰れないからである。先生が言うには、彼らは弁当を持って来るのではなくて、昼になって学校から出てもよいということになると海岸に走って行って、連中のうち何人かが焚き火をし、残りの子どもは裸になって海に飛び込み、大きなえびを取って来るのだという。そのえびはすぐさま炭火で焼かれ、皆すごくうまそうにそれにかぶりつくのである。その他ここにはどんな海産物があるかは、図74の写真を見ていただきたい。
オーストラリア北方の島々に住む人々の土着食は海産物が大部分であった。それに副えて、彼らは植物の根や葉、さらには気候が温暖なため豊富に穫れる果実を食べていた。この海域ほど海に棲む動物にとって餌の豊富にあるところは世界でも稀で、この一帯では世界でも有数の大きな真珠貝が採れる。このことは、その周辺に甲殻魚が無数にといってよいぐらい棲息していることからも明らかである。ここはまた、オーストラリア東岸沖と同じく、世界でも最大級の甲殻魚類がいると言われている所でもある。私たちは、原他人がその貝殻を水溜め用に使ったり、洗濯桶ほどの大きなものを風呂桶に使っているのをよく見かけたものである。オーストラリアもニュージーランドも南極の万年氷原に近接しているので、氷原からやってくる海流が両国の海岸を洗っているのだが、その海流には海の生物の餌となるプランクトンが豊富にいる。オーストラリア東岸沖の大珊瑚礁は北方に延びて、一部はニューギニア諸島にまで広がっている。マレー島は、この珊瑚礁の北端近くに位置している。このあたりの海には魚が群れをなして泳いでいるので、船から直接手を出して掬い上げることもできるほどである。漁師たちは、浜辺の波に割け入って、魚の群れをめがげて銛を投げ込むと、いつでも1匹以上が突き刺さるのである。
マレー島での虫歯の発生率はどうであったかと言うと、私たちが検査したすべての歯のうち1%にも満たないものであった。この辺りの海で重要な海産物となっているのは、もっと北方では海牛と呼ばれているジュゴンである。ジュゴンは原他人が特に好むものであるが、その数は徐々に減ってきている。その肉を食べてみたが、味は子羊の肉にたいへんよく似ていた。ジュゴンは浅瀬の海床にある藻類を食べている。私たちが原住民の居留地を求めて、東部オーストラリアの湾上を北方に向って飛んだ時、海藻の間の水のきれいなところに、ジュゴンなどいろいろの海獣が餌をあさっているのを目にしたものである。
未開種族の調査をしていて私が感銘したのは、大自然によって発達させられた人間の資質のすばらしさである。海産物が豊富に獲れるところはどこでもそうだった。こうした海に生物がたくさんいる海域には、たいてい、南極の氷原に発する海流が来ているのである。フンボルト海流はおそらくどの海流と比べても、もっとも多くの海洋生物を運んでいる海流であろう。この海流は南極の氷原を後にし、南アメリカの西海岸を南端から赤道近くまで洗っており、赤道付近では海岸線の方向が変わるのでフンボルト海流も向きを変え太平洋の大海原へとカーブしている。そして、ちょうどこの地点で、フンボルト海流は中央アメリカ、パナマ、コロンビアの海岸から南下してくる暖流とぶつかるのである。ニュージーランドのマオリ族、オーストラリア北方の島々に住むマレー人、外ヘブリジーズ諸島のゲール族、太平洋八群島の原住民などが、大自然の賜物とも言うべき立派な体格をしているのも、海産物が豊富にあったればこそである。もしそうだとすれば、大フンボルト海流のもたらしてくれる食物を摂って、体も立派な種族がいたと考えてもよかろう。しかし残念なことには、チリやペルーの海岸に沿った地域に発達した古代文化については、ほとんどわかっていない。南アメリカのインディアン全体のなかでは、パタゴニアの種族がもっとも背が高くたくましい人たちであったという記録がある。ペルーの西海岸にはフンボルト海流が流れ、人間に必要な栄養源を無尽蔵といってよいほどもたらしているのに、海岸沿いの土地は世界でも稀に見る荒れ果てた砂漠になっている。およそ1000マイルもあろうかと思われるアンデス山地と海岸に挾まれた地帯は、砂の移動する砂丘やのこぎり状の岬が連なるまったく不毛の地である。この水もなく木もない砂漠が途切れるところといえば、海岸に向ったアンデス山脈の雪が融けて流れ落ちる数本の紐のような小川ぐらいである。この海岸には雨季がない。そのため現在だけでなく、数千年以前から植物を育てようとすれば、これらの川の流れから水を運ぶより方法がないし、川から水を運ぶとしても、土地はあまりにも広大で、何の足しにもならないように思える。しかしそこには多くの灌漑用高渠、灌漑用水の跡が見られ、その河床はアンデス山脈の川から引いた水が運んで沈澱させた沖積物を含んでいるし、水さえあればとても肥沃な耕作地である。その灌漑用水路は、時には50から100マイルにも及ぶもので、農業可能な灌漑水路敷を造るための、たとえようのない巨大な土木事業によって成し遂げられていたことを物語っているとしか考えられない。
海の近くに住む多くの未開種族では、育ち盛りの子ども、とくに女の子のすぐれた身体発達を保障し、また母親の栄養を補強することによって、確実な出産を期待するために、魚の卵や特定の動物食を重視していることに、私は気がついた。さらにまた、今まで述べてきた種族のうち幾つかの種族では、母親だけでなく父親の方も特別な栄養を摂らなくてはならないと考えられていたという事実にも注目しておく必要がある。こういった考えをもつ種族が特に栄養価が高いとする食品は、地方によってはアンジェローテとかエンゼルフィッシュとかの名で知られているが、分類すればえいと鮫の中間に属する海の動物から採れる食品である。アンジェローテの稚魚は元気に生まれ落ち、生まれるやいなやすぐに餌を求めて泳ぎ回る。1匹のアンジェローテから一度に20から30匹の稚魚が生まれる。雌が受精する前の卵は直径1インチほどで、やや長円形であるが球状に近い。未開種族では誰もがこれを食べるが、男の人は雄のアンジェローテから採れる1対の腺を特別食として食べる。この腺の重量は乾燥した時で1つが1ポンドである。原住民の間では、この食物は結核患者の治療、時に肺出血の抑制に効果があることが知られている。海から採れる食料は、渓谷地帯から引かれた水のおかげで、生育した陸生植物と果実などと合わせて使われる。この食事の取り合わせが、ひじょうにすばらしい身体を維持するのに最適な栄養を補給してくれるのである。
第13章で私は、古代文明のおおよその歴史と各文明の推定される存続期間を述べておいた。しかし古代文明の起源については不明な部分が多い。ペルーの富と文化が海の征服者によって船で北へ運ばれていたことを物語る証拠や、マヤ文明も含めて中南米の文明はその起源をペルーの古代文明にさかのぼることができるという証拠が、パナマで見つかったのはほんの最近のことである。
ペルー沿岸では過去においてすばらしい文化の発達を見たが、ペルーの高原地帯においても当時の人々のすぐれた才能と知恵を物語る多くの史料が残されている。アンデス高原に現存する二大言語種族は、南ペルーのボリビアに住むアイマラ族と中央北部ペルーに住むキチュ族である。アイマラ族はインカ文明以前に高原地帯で発達したタウファノカン文明を築いた人々の子孫として知られている。キチュ族はスペイン人がやって来る前に全盛を築いたインカの子孫であると言われている。第14章ではアンデス・シェラに住む種族の現在みられるがままの写真を紹介してきた。広大な山岳地帯も以前には鹿科に属する野生動物の大群に十分な草を供給していたのだろう。しかし、かなりの人口を抱えていたこと、耕作可能な土地はすべて農地になっていたことからすれば、人々は野生動物だけを栄養源としていたとは考えられない。実際は、らくだ科の動物たち、たとえばラマやアルパカやビキューナが食料に用いられていたのである。このうちラマとアルパカは、今日もそうであるように昔も食料にかなり使われていた。シェラ地帯では雪解け水や雨期に降った雨によってできた小川から、必要な水のほとんどが供給されていたことを知れば、こうした水源をもつ生水からは人体の成長や発達に不可欠な沃素が十二分に供給されていたと考えられそうもない。そうであるがゆえに、山岳地帯に住むインディアンが海から獲れる魚の卵を乾燥させたものを常食としていたのを知ったのはひじょうに興味深いことであった。このような乾物の交易は過去何世紀にもわたって続いており、今日でもそれと同じように行なわれているのである。どうしてこういった物を食べるのか彼らに尋ねたところ、女性の生殖能力を維持するためにそれが必要なのだと説明してくれた。どこの交易所でも市場でもこの乾燥した魚の卵を置いているので、いつでも入手できるのだった。
ひじょうに重要でしかもどこにでもある、もう一つの海産物は、乾燥した海草である。インディアンにそのことを質問したところ、彼らがケルプを食べるのは白人のような「太い首」にならないようにするためであることがわかった。これは銅以外にヨードも豊富に含んでいる。この海草は、高地にあって酸素を体内にくまなく運ぶ上でひじょうに効率のよい特質をそなえた血液を造るために鉄分を利用する時、とりわけ重要な意味をもつ。昔もそうだったが現在でも、彼らの食事の重要な部分を占めるのはじゃがいもで、それは収穫・冷凍・乾燥・製粉という過程を経て粉末状のままで保存される。このじゃがいもの粉は、ラマの肉や他の食品といっしょにスープにして使う。ビタミンD群の賦活剤はほとんどどの植物にも含まれておらず、植物性食品の成分が動物の体内で合成されてできるものであって、その大部分は臓器に保存されている。したがって、人間は適切な供給源を獲得する必要があった。ペルーの高原地帯に住むインディアンはシチュー用に食用モルモットの群れをいくつも養育していた。古代人の埋葬地から食用モルモットのミイラが発見されたことからも、古代にも食用モルモットが一般的な食糧源となっていたことがわかる。あらゆる実験動物のうちでもたぶん食用モルモットが、植物からもっとも効率よくビタミンDを合成できる動物だと考えられる。この意味で古代ペルー人が食用モルモットを食べていたという事実はひじょうに意味がある。この食用モルモットはたいへん丈夫な動物である。またひじょうにいろいろな種類の緑色植物や木の枝を常食としており、多産でもある。この食用モルモットが古代文明人のすぐれた身体を造る上で重要な役割を演じたことは明らかである。
白人が世界各地の未開種族と出会ったとき、未開種族の蓄積された知恵を正しく評価できなかったのはたいへん不幸なことである。このために未開人の価値ある知恵が失なわれていったのである。私はインディアンの壊血病予防の方法や、白人が未開種族から学んで今なお使用している多くの薬について触れてきた。
これとの関連でいえば、壊血病予防にひじょうにすぐれた実績をもつブリティッシュ・コロンビアのインディアンたちは、糖尿病の予防や治療に効き目のある一種の植物をもつ。1938年7月号の『カナダ医学ジャーナル』に報告されているように、ブリティッシュ・コロンビアのプリンス・ルパートの病院にやって来た1人の患者に、この治療を施したことが発端となって、最近白人社会にもこのことが知られるようになったのである。プリンス・ルパートはブリティッシュ・コロンビアとアラスカの国境付近にある、海岸に面した町である。その患者はある手術を受けるためにこの病院に来たのだが、突然糖尿病の症状が現われた。この病気にはふつう多量のインシュリンが投与されなければならなかった。リチャード・ゲデス・ラージ博士は患者に今までの病歴とどういった薬を用いていたのか尋ねた。彼から、数年来一面棘で覆われたデビル・クラブ(悪魔のこん棒)という灌木の根を熱湯で煎じたインディアンの治療薬を飲んでいるという答えが返ってきた。この薬はブリティッシュ・コロンビアのインディアンが常用しているものだった。病院ではこの植物を手に入れ糖尿病患者に処方したところ、インシュリンとまったく同じ効力のあることがわかった。また、インシュリンだと消化作用の過程で効力が失われるので注射しなければならないのだが、それに反してこの薬は服用できるという大きな利点をもっていた。しかも、この薬は内服薬として使おうと注射液として用いようとその効力はほとんど変わりがなかった。このことが糖尿病を患っている厖大な数にのぼる人々にとって、大きな恩恵をもたらすことは間違いない。また、この薬の使用が糖尿病の進行を防ぐことも大いにありうることだし、インディアンたちがそれを他の病気にも用いていることを考えれば、この薬は近代予防医学のなかにひじょうに重要な意味をも付加することになろう。
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