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第4章 ゲール族:孤立した住民と近代化した住民
外ヘブリジーズ諸島に住む人々のすばらしい健康については久しく語りつがれてきたところである。「黒い家」のわらぶきの屋根からはしみ出るようにして煙が立ち上る。それは、家庭での彼らの暮らしぶりや周囲の珍しい情景を描写する際、何ともいえない神秘的な雰囲気をかもしだしている。こんなふうに語られる話の中にはそこの人々がすばらしく立派な歯や頑丈な体格、強固な性格をもっているという叙述もある。とすれば、彼らは、虫歯や近代的な退化現象の原因に光明を与えるような、研究にとって最良の条件をそなえていることになる。外ヘブリジーズ諸島はスコットランドの北西海岸の沖にあって、グリーンランドの南部とほぼ同緯度にまで伸びている。わらぶきの小さな家といった典型的な情景は図5を見ればわかるだろう。
ルイス島にはおよそ2万人の住民がおり、そのほとんどが漁民や小作人〔スコットランド高地などにみられる小農場共同小作人〕あるいは羊飼いである。この島の土壌には石灰分がほとんどないので、植林されたわずかばかりの木を除けば全島には木が1本もないといわれている。島の地表はほとんど泥炭で覆われているが、その厚みは数インチから20フィートまでとかなり差がみられる。これは燃料になる。泥炭には幾世紀も前の植物の幼根が含まれている。バクテリアはほとんど生長しないので、野菜は徐々にしか腐らない。島には牧草地がたいへん乏しく、家畜は成長も繁殖もしないため我々の目にとまることはめったにない。ただ2、3の地方に、ある種の高地に住む毛深くて幅の広い角をもった家畜の類がいるだけである。これもほとんどは輸入されたものである。国営実験農場にいる数十頭が島にいる家畜の主力部分となっている。
島民の基本的な食物は魚類と、からす麦に大麦を少し混ぜ合わせたものをべ一スにした食物である。からす麦は、わりと早く生長する唯一の穀物であり、多くの家庭で、食事のたびにいつもきまって食卓に載るオートミールの粥〔水または牛乳でどろどろに煮たオートミール〕やオートケーキ〔オートミール製ビスケット〕にもこれが用いられている。外ヘブリジーズ近海の漁業は特に盛んで、たとえば海老、蟹、牡蠣、蛤など、小物の海の幸が豊富である。この島になくてはならない、しかもたいへんおいしい食べ物は、細かく刻んだ鱈の肝とオートミールを、焼いた鱈の頭に詰め込んだ料理だった。
ルイス島第一の港はストーノウェイで、そこの人口は約4000人に固定しているが、週末時になると少なくとも4000人以上の浮動人口を抱えることになる。そこには日曜日に泊まったのだが、話に聞けばこの週末には450艘の大型漁船が停泊しているとのことだった。
図5 ピートが燃焼するとき黒い煙が出ることからその名がつけられたという、ルイス島の「黒い家」の代表的な例。ゲール族の土着漁民にみられる身体のすばらしい発達を特徴づけているのは、見事な歯、十分に発達した顔と歯列弓である。
大量の魚がこの港で荷造りされ外国市場へ送り出される。頑丈な身体をした女性の漁師たちは朝6時から夜10時まで休みなく働き続けることも度々あるという。この豊富な魚のおかげで彼らの生活費はわずかですむ。図5の3人の写真を見れば、ここの漁師たちがまれに見るほど完全な歯をしていることがわかるだろう。油布服に革長ぐつという誰もが思い浮かべるような格好をして、朝早くから夜遅くまで洗魚台の前で働いている彼らの姿を、私たちは目の当たりに見た。ところがつぎに出合ったときには、彼らは特別の晴れ着を身にまとい、教会の礼拝に加わっていた。厳しい気象条件のもとでこつこつ働くここの女性以上に完壁な身体と高潔な理想とが融け合ったような女らしさをもった女性を探し出すことは、できないのではないだろうか。この地方では始終強風が吹き荒れ、みぞれにみまわれたり突き刺すように冷たい霧にすっぽり包まれるといったこともよくある。天候定まらぬ北大西洋の、時を経ずしてやってくる猛威、それを象徴するかのような荒れ狂った海や肌を突き刺す大吹雪。こうした自然の厳しい試練を日常茶飯事として受容していくような性格の人々にとって人生そのものが深い意味をもつ。彼らの温和で洗練された、しかも心優しい性格には誰もが驚かされるにちがいない。
ここの人は「黒い家」といわれる住宅に住んでいる。これはふつう2・3室からなるわらぶきの家である。壁は石と泥で作られ、その厚さは通常5フィートあまりである。炉と煙突、出入りするための扉が1、2個所あって、窓はほとんどない。ところで、このわらぶきの屋根はたいへん重要な役割を演じる。それは毎年10月になると葺き替えられるが、使用済みの古いわらは土壌を豊かにする特殊な肥料として大きな価値をもっていると彼らは信じている。四季を通して屋根全体からしみ出る泥炭の煙には、ある種の化学物質が入っており、それが古いわらに充満していると考えているからだ。このような明確な目的があるから、泥炭の火は、暖房の必要がない時でさえ絶やされることがない。当然、いぶし火を絶やさないためには大量の泥炭が必要になる。煙突の無い家があるのも、煙がわらぶき屋根を通して逃げるようにするためである。反対に開いた戸や窓から煙が外へうねうねと上っていく光景を見うけることもしばしばある。だが心配することはない。手近な所からいとも簡単に、ほとんど好きなだけ手に入れることができるほど、泥炭は豊富にあるのだ。ヒーサー〔ヒース属の植物(スコットランドやイングランド北部の荒野に多いピンクの花が咲く灌木)〕一面の平原を歩き回っている羊たちは小さな黒面羊種で、見るからに頑健そのものという感じである。それからは特に良質の羊毛がとれる。ついでながら、ハリス島のこれらの小さな黒い家でおもに織られるあの有名なハリスツイードにもこれが使用されている。
私たちが特に関心をもつのは、世界中ほとんどどの地域の人にもひけをとらない体格をした古代スコットランド人の子孫たちである。彼らは原始ゲール族の末裔である。その言語を今日も彼らは使っており、彼らの大部分はこの言語しか話すことができない。この島には港はたった一つしかない。このことは、島の中心部もそうだが、海岸辺りに住むほとんどの者たちが、未だに原始的な生活を余儀なくさせられていることを意味している。大体がヒースに覆われた木のない広大な平原にある粗末なつくりのわらぶき屋根の家、そんな家の住人のなかに格調の高い男らしさや女らしさを発見したとき、私はひじょうに驚き、かつ、うれしく思ったのである。つまり、ここの多くの家庭より、もっと完全なる孤立状態で子ども時代を送る社会というものは、想像できないのではないか。だからこそ、ここの純朴な人たちの、上品で聡明で力強い性格に誰もがびっくりするのである。他の人たちが「黒い家」という名で自分たちの家を批判したり、悪く言ったりするのを、彼らは憤慨する。怒って当然だと思う。私が訪れた数軒の家ではきれいな壁紙で芸術的に飾られており、手近のもので作った壁飾りがかけられていた。
港町はたった一つストーノウェイだけである。だから、天気が良かったら、土曜から日曜の夜中までの陸上休暇で岡に上がった4、5000人にのぼる漁師や船員たちで、この港町の週末はさぞかし賑やかだろうと誰もが思うことであろう。なるほど、土曜の夜ともなると歩道は幸せそうな苦労を忘れた連中でいっぱいだったが、ばか騒ぎや酔っぱらいは全然見られなかった。日曜になると人々は一団となって教会へ出かける。船乗りたちは出航前の日曜の夜には大通りや桟橋に集まって宗教歌を合唱し、次の出漁の安全を願って敬慶な祈りを捧げる。この町では切手も絵はがきも新聞も買えないし、ハイヤーやタクシーにも乗れない。それに日曜日に店を開けている娯楽場もない。安息日に対してはルイス島の全住民が崇敬の念をもっており、いっさいの行為が、安息日を守るという事に抵触せぬよう行なわれている。世界中でこんなにも道徳心の強い地域はちょっと見当たらない。ラブラドルやグリーンランドの海岸から北大西洋上をやってくる寒風の吹きさらしによって、人々の魂は鎮められ、彼らに気高い心と高潔な人柄といったものがつくられてきたのではないだろうか。ここの人々はヨーロッパ大陸の西端に当たる辺境地に住む植民者である。
周知のようにフランス西海岸のブルターニュ半島には、上古時代のドゥイルドの石の森がある。これは、この遺跡以外に何の歴史上の記録もないほど遠い昔にも、一つの文明が存在していたことを我々に教えている。まったくそれと同じように、この地においても西方へと移動してきた遊牧民の一団によって海へ押しやられる以前に、頑強な古代人が神聖なものとして礼拝したと言われる花崗岩の石板の森を見ることができる。これらの重い石が運搬されねばならなかった長い距離---輸送の困難な地帯を越えながらおよそ20マイル---を考える時、その仕事がいかにたいへんなものであったかが想像できるだろう。石が今日までもまっすぐ立っていられるぐらい深く埋まっていることを考えれば、その大きさも知れようというものである。
まず目をひくのは、人々の身体がすばらしく発達しており、特に虫歯に対して強い免疫をもっている事実である。ここの人々が労働に対していかに訓練されているか、いかに仕事にふさわしい体格をもっているかは、彼らがピートの荷物を運ぶ姿や、波止場にいる婦人たちが洗魚台からずらっと並んでいる出荷用の樽へ魚の桶を背中にかついで運んでいく様子を見れば一目瞭然である。私の仕事は、歯の検診と写真撮影、化学分析用の唾液のサンプル採取、詳細な臨床記録の収集、化学分析用の食物のサンプルと細かな栄養学的なデータの収集、であった。
多くの島があるといっても、島と島との間でコミュニケ一ションが交わされることはほとんどない。外ヘブリジーズ諸島のなかには、これ以上の孤立を考えることができないほど、他と完全に隔絶したところもある。私たちは、ハリス島の西方にあるタランセイ島とスカ一パ島へ渡ろうとしたが潮の流れや風向きがある一定の状態になって初めて特別に強い船だけがそこへ行けるので島行きは不可能であった。ある島では、成長期にある子どもの虫歯に対する免疫性が極端に高いということを耳にした。外ヘブリジーズ諸島の各島は相互にも孤立しているために、タランセイ島からやってきた20歳ぐらいの娘さんでも、ハリス島へ来るまではミルクというものをまったく知らなかったというぐらいである。タランセイ島には家畜がまったくいないからである。彼らの栄養の供給源はからす麦を加工した食品と魚それにひじょうに限られた量の野菜である。彼らの食事の中でひじょうに重要な位置を占めているのは大伊勢海老や平目の類である。果物もほとんど知られていない。それにもかかわらず彼らの体格は目をみはるほど立派である。
私たちは時として、こうした孤島に特別に船を出してもらうため、熟練した船乗りとその船を雇うことが必要になった。海の男たちは、潮や風、空を注意深くにらみながら、潮の流れの速さや風向きの周期的な変化が今どうなっているかを見きわめ、その場合進路をどうとるのが安全か、そのとき時間はどれくらいかかるかを決定する。島のなかには、厳しい気象条件が続くため1年のうち数ケ月は誰も近づけないような島もある。
つい最近まではここの島々は、捕鯨産業の重要な基地であった。あの海の巨大な動物がこの深い湾に引っ張ってこられるという、ハリス島の捕鯨基地を私たちが訪れた時には、時期外れで使われていなかった。
ルイス島では成長期にある少年少女の歯はほぼ完壁な状態といってよく、かって虫歯にかかったことのある歯は、100本につき1.3本の割合にすぎなかった。
この島での重要な研究課題の一つは、この文明の果ての地にあって、島民がどのような暮らしをしているのかを観察することであった。ストーノウェイの住人が桟橋に集まって夕暮れ時に港に帰ってくる船を出迎えるこの地方の代表的行事のありさまを見れば、この港町に住む人の暮らしぶりの一端を窺うことができる。そこに集まるのはほとんど成人した若者である。100人ほどの20歳から40歳までの年格好の者が集まるのだが、その連中のうち、25人はすでに義歯を入れていた。もしみんながしかるべき処置をしていたとするなら、それは倍くらいの数にのぼると思われる。ストーノウェイでももっと近代化した地域になると、虫歯はもっと広がっている。どういった種類の食べ物がどれくらい食べられているかを明確にすることも、この研究の重要な点なので、研究対象に選んだそれぞれの町で食料品販売店を訪れることも必要だった。ストーノウェイでは、世界中いたるところで見られる雪のように真白なエンジェルケ一キ〔フワフワした白いカステラ風の菓子〕や精白パン、さらに、精白小麦を使ったいろいろな食品を、誰もが買うことができた。缶入りマーマレード、缶詰野菜、甘味ジュース、ジャムなどあらゆるお菓子が満ちあふれんばかりに店頭に並んでいる。これらの食品は、種類も豊富で、砂糖分も多いという2つの理由から、ここの人々の質素な生活に大きくアピールするところとなったのである。ストーノウェイの子どもとルイス諸島内陸部の子どもとでは、外見上の体つきは驚くほど違っている。私たちは島の裏海岸に住む一つの家族を見つけた。図6の上半分に写っているのは、そこに住んでいる2人の少年である。一人は立派な歯をしており、もう一人は虫歯だらけである。2人は兄弟で食卓は共にしているが、よい歯をしている兄の方は、わずかな乳製品に加えて、オートミール、オートケ一キ、海産物という昔ながらの食事をしているのである。それに対して左に写っている弟の方は広範囲に虫歯にかかっており、前の2本を含めて多くの歯がやられている。彼は精白パン、ジャム、甘味の強いコーヒー、それにチョコレートを食べているという。彼の父親は、この子が早起きして仕事に行くのをどんなに苦手にしているか、ひどく心配げに語るのだった。
図6 上---ハリス島の兄弟。左の弟の方は近代食品を食べており、広範で重度の虫歯の持ち主である。右の兄の方は土地の物を食べているために立派な歯をしている。弟の顔と歯列弓の幅が狭いのを注意してほしい。左下---近代生活を送るゲール族の人に見られる猖獗性の虫歯の典型例。右下---未開のゲール族の人にみられる優秀な歯の典型例。
ルイス島での悲しい話の一つとして、肺結核が最近になって急速に進行しているという事実はどうしてもとりあげなければならない。ルイス島の中でも開けた地域に住む若い世代の連中は、彼らの祖先とは違って、結核に対する抵抗力がなくなってきている。事実ストーノウェイには結核患者、特に20歳代の女性患者の急速な増加に対処するために特別の病院が建てられているほどである。そこの病院長はこの病気が増加する勢いはひじょうなものだと心から心配そうに私に話したものだ。昔の世代の人が肺結核にかからなかったのはなぜか、この点を今日の人間が明らかにしようとしなかったために、食生活上の変化が結核の流行を説明する一つの有力な手がかりになるとは、まったく考えなかったのである。このためにその罪はもっぱら居住条件になすりつけられてきた。つまり、煙っぽい空気に包まれたわらぶきの家屋こそが、肺結核の重要な温床であるとされてきたのである。けれども、同じ家屋に住んでいたはずの昔の人々がどうしてこの病気にかからなかったのかという点は問われなかった。私が聞いたところでは、結核の罹病率は、このわらぶきの家でも近代建築の家でも何ら変わりがないことが多いという。わらぶきの家に対して土地の人がどんなふうに考えているかを観察することは、特別興味深いことであった。古い家に隣接して新しい家が建てられているといった光景が再三再四目にとまった。明らかに住人は新しい方の家に住んでいるのだが、しかし、例の煙は依然として古いわらぶきの屋根からくすぶり続けている。私がこのことについて尋ねると、頭脳明断な1人の住民がこう答えた。つまり土のなかに入れると、植物の成長や穀物の収穫を2倍に増やすような何物かがこの煙には含まれており、屋根わらにはこれがいっぱいたまっているのだというのである。そして彼は、彼の言葉の正しさを裏づけるかのように穀物が青々と茂った2つの畑を、熱心に案内してくれた。
ハリス島のスカルペイという地区で子どもたちを検診したところ、特に興味深い結果が出た。この島は岩場が多く、土といえば牧場に使っているほんのわずかがあるだけである。栄養源としては、この村の子どもはオートミールの粥、オートケーキ、海産物にその大部分を頼っている。検診の結果、虫歯は100本に1本の割合しかないことがわかった。図7の上の写真にみられるように、子どもたちの身体の全般的な発育状況も良好だった。その顔面部が狭小でない事に注意頂きたい。
このことはタルバートという小さな村の子どもたちと比べて、おどろくほど対照的である。このタルバートはハリス島のただ一つの船積港であり、多数の小作人の家にある機織でつくられるあの有名なハリスツイードの大部分はこの村から輸出されている。ここの子どもたちは100本あたり32.4本も虫歯にかかっていた。スカルペイとタルパートとは10マイルと離れておらず、海岸の海産物を捕獲する道具類も同じものを使っている。ところが、後者の方ではジャム、マーマレード、その他の缶詰食品に接しているというただ一点が異なっているのである。検診中1人の若者の口のなかに猖獗性の虫歯ができるという悲しむべき事態に接したとき、私はその青年にこの虫歯をどうしようとしているのか尋ねた。すると彼が答えるには、近い将来に60マイル離れたストーノウェイ、そこには1人の歯医者がいるのだが、その町へ行って全部歯を抜き入歯をつくってもらうという。さらに彼は、数本の歯を治してもらっても効果はない、タルバートの者みんなが経験したように、どっちみち全部抜けてしまうのだから、と言葉を続けるのだった。若い女性たちの状態もまったく同じように悪いものだった。
北スコットランド方面歯科検査局から、スカイ島にあるエースオブストリートという場所を教えられた。そこにはほんの数年前まで36人の生徒がいたが、虫歯にかかっている者は皆無であったという。この地域の子どもたちを調べたところ、近代的な食品しか食べない集団と原始的な食事で生活している集団の2つのグループのあることが判明した。近代化以前の食事をしている者は100本当たり0.7本しか虫歯にかかっていないのに、近代的な食事をしている者では16.3本、前者の23倍にも達している。
図7 上--頑丈な身体つきをした典型的なハリス島に住むゲール族の子どもたち。彼らは、からす麦と海産物を主食としている。顔と鼻孔の幅が広い点を注目してほしい。下--バードセイ島に住む典型的な近代化したゲール族。顔と歯列弓の幅が狭くなっているのに注目されたい。
海の近くに住んでいるこの地域の住民は蒸汽船が毎日就航するようになって、最近やっと外の世界との結びつきができた。その結果、ここの住民にも様々な近代食品が供給されることになり、村のなかにも近代的なパン屋と、缶詰の野菜、ジャム、マーマレードなどを置く食料品店が開店した。この地域は近代化過程の真っ只中にあったのである。
70代と80代の人の歯も数例調べてみたが、歯の緩みを伴う歯周疾患がみられるだけで、歯はほぼ全部そろっており、虫歯にかかった形跡もほとんどなかった。老人たちは今の若者が昔の人間ほど健康ではなくなった事実を嘆いていた。私が彼らに説明を求めたところ、彼らが指摘するには、以前石でつくった粉ひき臼が2つあって、何百年にもわたって彼らの家族や先祖の家族のためにオートケーキと粥用にからす麦をひいていたという。彼らはその石臼をたいへん誇りにしていたけれども、それがアメリカでの教育の仕事に役に立つからという私の懇願が効を奏して、それを譲ってもらうことができた。また彼らは、この地方の青年たちの健康が近年急速に衰えつつあることをひじょうに心配していた。
かってはかなりの人口を抱えていた霧深いこのスカイ島には、今でもダンベガン氏族の領有する有名な古城の中でもっともすばらしい部類に入る城がある。それはチャールズ皇太子のあのロマンティックな生活の舞台ともなった。城の調度品は今なお過去の栄光の偉大さを誇っている。遺品の中には、ある氏族の長となるべき者が飲まねばならなかった酒の量を測るために使われた角の杯がある。それを使ったとすると彼は一気に2クォートもの酒を飲み干さねばならなかったことになる。また、人々の倫理の高潔さという点は、チャールズ王子の頭上には3万ポンドの報賞金がかけられていたが、彼の隠れ家を知っている多くの者のなかから誰一人として裏切り者が出なかったという事実によくあらわれている。
外ヘブリジーズ諸島からスコットランドヘ帰る途上、私の関心は、北スコットランドの各地域における虫歯の罹患率に関する情報や退化病に関わる情報を、政府の役人から得ることにあった。ある地域では過去15年の間にスコットランド人の平均身長が4インチも低くなっていることや、このことは虫歯に対する高い免疫性がこの地方の大部分で失われていったという変化の過程と符合していることを私は教えられたのである。市場を調査した結果によると、この地方の栄養源の大部分は精製された小麦粉、缶詰食品、砂糖といった形で送られて来る食品に依存していることが明らかにされた。また乳牛の群を見ることはめったになかった。以前からこの地域では高地用の牛さえ飼われていなかったという説明も聞いた。
スコットランド北部から南方のイングランドやウェールズに向かうにつれ、義歯を入れた人、またそれを必要とする人の割合が著しく増大していく。いくつかの地域社会ではこの比率が30歳以上の成人の50%にも達していた。ウェールズの高原地方で未開生活を送っている人たちを探してみたが、うまくいかなかった。ただ、原始的な条件のもとで生活している人々が見つかりそうなところといえば、ウェールズの北西海岸の沖にあるバードジー島しかないだろう、という話を聞いた。バードジー島は古い朽ちた城壁のある、嵐のために出航もままならぬ岩だらけの島で、私たちに話を聞かせてくれた人もそうだったが、植民政策のために最近島に移住してきた入植者たちが、島民人口のほとんどを占めている村である。ここにはかなり恵まれた農地があるが、放牧家畜の数はひじょうに少ない。以前には島でも海の恵みを利用して、島民自身の食物をまかなっていたこともある。こうした自然の食料源も、精製された小麦粉、マーマレード、砂糖、ジャム、缶詰食品などの輸入品に大部分席を譲ってしまっている。私たちは島民たちの身体的条件がひじょうに劣悪であることに気がついたが、ことに成長期の子どもたちには顕著であった。歯の腐蝕がひじょうに拡がっており、成長期の少年少女を検診した結果、100本につき27.6本がすでに虫歯にかかっていた。わずか3歳の子どもにも虫歯が進行していた。この地域の公衆衛生担当者との会議から、結核が、この島の住民のみならず、北部ウェールズの多くの地域の人々にとってもひじょうに大きな問題となっていることがわかった。これは正体のよくわからない原因によって人々の抵抗力が弱くなったことに起因していた。猖獗性の虫歯のある人は肺結核にかかりやすいということも記録に残っている。
バードジー島にいる間に、我々が見出したあのような広範囲にわたる歯の腐蝕がいかなる原因によるものか、島民自身の考えを尋ねてみた。すると、その原因ならよくわかっている、それは塩分の多い水や空気に始終触れているからだという答えが返ってきた。しかし私が、海の近くに住む老人たちのなかにも実際にほとんど完全な歯を持ち、虫歯など1本もない人も地域によってはたくさんいるのはどうしてか、と切り返すと、ちゃんとした説明は返ってこなかった。彼らの答えは、以前彼らがこのことについて尋ねた時、人から教えられたものだった。
島にある遺跡からもバードジーの島民の顔からも、たいへん注目すべき歴史を読みとることができる。古城のいかつい壁は過去数世紀にわたって誇りをもって生活してきた人々の栄光と力を物語っている。墓地にある記念碑もそのことを如実に示している。とはいうものの、この島にも新しい時代の波が押し寄せてきている。バードジー島を含むこの地区の公衆衛生監督官は私に、結核によって人口が衰退しほぼ完全に絶滅の状態になったと話してくれた。また、若くて健康な50家族をどのようにしてこの島へ植民させたか、を語ったあとで、いかにしてこの新しい入植者たちが以前の居住者と同じぐらい急速に健康をそこねていったかという悲しい話をしてくれた。
図7の下段の写真には、そういう悲劇的な物語が顔に深く刻みこまれている4人の兄弟たちが写っている。4人とも呼吸はもっぱら口で行ないしかも猖獗性の虫歯にかかっている。かっては元気な子どもや頑強な身体をもった男や女をつくり出していたこの島に近代化の波が押し寄せた結果、このような人間が生まれてきたのである。図7の下段に示したバードジー島の子どもたちの顔を、上に写っているハリス島の孤立した地域に住んでいる子どもたちの顔と比較することが肝心である。後に見るように顔の奇形は、歯が生え変わり童顔が大人顔に変わっていく、通常9歳から14歳ぐらいまでの間には極端にひどくはならないのがふつうである。しかしながら極端な場合には、乳歯列の時代のあいだの子どもにも顔の奇形が見られる。これらの子どもたちも、永久歯が生え顔つきが大人びてくるようになったら、奇形の度は今よりももっと増すことだろう。奇形の問題を結核の感染率の高さに関連させながら、この写真を心に留めておくことが大切である。というのは次章以下で、結核などの病気の感染過程に対して個人の抵抗力が低下していることに、近代化という要因がいかなる役割を演じているのかを見きわめようとするとき、これは重要な手がかりとなるにちがいないからである。
図6(左下)はバードジー島出身の少女の写真である。彼女はおよそ17歳である。彼女の歯は虫歯にやられ、腐蝕は前歯にまで及んでいた。私たちは彼女の家で食事をした。献立ては精白パンにバターとジャムで、すべて島に輸入されたものであった。これはルイス島の中央部に住んでいる少女の図6(右下)に写っている写真と驚くべき対照をなしている。写真右下の少女の方は、歯列弓の形もすばらしく、虫歯に対しても高い免疫性をもっている。彼女と両親の食事は、たくましい人間を造り上げるオートミールの粥とオートケーキと魚であった。世代間にみられる変化は、スカイ島に住む一人の少女とその祖父とを比較すれば明らかであった。祖父の方は明らかに古い体制の産物であり、年齢は80歳であった。写真を撮るために立ち止まってもらったときは、畑からの帰りで、収穫物を背中に背負って運んでいるところだった。彼は地の食物で育ったたくましき被造物の典型であった。ところが、彼の孫娘の方は鼻孔は狭く顔も細面であった。彼女の歯列弓は形が歪んでおり、歯もぎっしりと混み合っている、いわゆる叢生の状態だった。また彼女は口で呼吸をしていた。彼女は両親がオートケーキ、オートミールの粥、海産物などを食卓から断ち、市販の近代食品を取り入れた後の近代化が生んだ典型的な見本であった。
この研究の重要な課題の一つは未開種族が蓄積してきた知恵を検討することである。したがって、私たちは泥炭の煙にいぶされたわらぶき屋根の件についてさらに調査してみることが大切である。昔から住みついている者の話によれば、自分たちと外からこの島にやって来た保健担当官との間に重大な意見の不一致があるという。担当官の方は急激に結核が増えたことを煙のせいにして非難し、この古い習慣を完全に断ち切ることを強く迫っていた。
図8 左から右に並んでいるからす麦の鉢には、例の泥炭の煙にいぶされたわらを、左に多く右に少なくという順に量を変えて混ぜてある。大きな実をつけたのは一番左の鉢だけだった。この結果は、ゲール原地人の信じていることの現実性を立証している。
この方針をおしすすめるために政府は、新しい近代的な家を建てるに際して多大の援助を与えたのである。一方経験豊かな住民たちは、いぶされた屋根わらを肥料に使わなければこの厳しい気候の中ではからす麦は十分に育たないのだと主張した。彼らは新しい家に移ることを喜びはしたものの、土地を肥やす下ごしらえとして必要な、屋根に使っているからす麦のわらをいぶすことを止めようとはしなかった。化学分析のためと植物の生育に与える影響を調べるためという2つの目的から、私はいぶされた屋根わらを持ち帰った。からす麦の種が植えてあるいくつかの鉢に、いぶした屋根わらを量を変えて入れてみた。図8を見ればその結果を知ることができよう。右にある鉢は、外ヘブリジーズ諸島の土にひじょうに似た砂の多い土壌の中にからす麦を植えた結果を示している。からす麦はこのように条件を制約すると縮れたような状態にしか育たない。土壌に加えたわらの量が増えるにつれ麦にたくましさが加わり、左端の鉢では、他の鉢の麦がようやく生育しかけたころにはもう一粒一粒が十分成熟し背の高い茎がたわわになるほどの生長がみられたのである。屋根わらの化学分析からは、わら全体に行きわたった泥炭の煙によって窒素や他の化学物質が一定量固定された形でそれに含まれていることが判明した。このことは、たとえそこに住まわずとも屋根わらをいぶすのは続けさせて欲しいと主張した、土地の勇敢な古老たちの確信を見事に裏書きするものである。
風と嵐の吹きつける海岸に囲まれたこの不毛の地に住む島民たちにも、頑健な大人やたくましい少年少女を造り上げるのに適した食事は可能なのである。オートケーキやオートミールの粥として使われる、からす麦を主体とした食事に、魚の内臓や卵も含めて無料理が加われば十分である。ところが精白パン、砂糖、ジャム、シロップ、チョコレート、コーヒー、肝臓をとった魚、缶詰の野菜、玉子といった近代的食品に追随した種族は、深刻な退化現象に悩むことになったのである。
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