食生活と身体の退化
〜未開人の食事と近代食・その影響の比較研究〜

W. A. プライス著、片山恒夫訳

第3章 スイス:孤立した住民と近代化した住民(後半)


調査がここまできたとき、ルース博士は私たちと離れることになったが、ギージー博士は同じくローヌ川の南側にあるアニビエール峡谷まで同行してくれた。その谷にあるナビセン川は、スイス高地およびイタリア国境から流れ出てローヌ川へと北上している。ここでもまた、私たちは歯の腐蝕に対する高い免疫性をもった村と、猛烈な虫歯に悩まされている村とが、お互いに隣り合わせになっている地域を見つけるという驚くべき経験をした。

アイヤー村は氷河に向かった美しい谷の高みにある。国道が最近になって開通したが、今でもひじょうに原始的な状態にある。国道の開通によって、多くの新しい幹線道路と同じように有事の際には防衛部隊を派遣できるようになったのである。ごく最近まで孤立していたこの美しい小村で、私たちは歯のウ蝕に対して高い免疫性のあることを見出したのである。検査したところ100本につき2、3本が冒されているにすぎないことがわかった。ここでも人々は、ライ麦と酪農製品とを常食としていた。来たるべき数年のうちに歴史はまた繰り返されるのであろうか。またやはりこの羨ましいほどの免疫性も高速道路の出現で失われてしまうのであろうか。通常トンネルや道路ができると、自動車や貨物が近代的な食品を積んで入って来て破壊的な働きを始めるのは時間の問題である。こうした事実は、数年前に、ビソワまで道路が延長されて以来、この谷でも悲劇的な形で展開して来た。この村では、しばらく近代的な食品が使われて来た。アイヤーからビソワまでは、おそらく1時間以内で歩いて行ける距離である。ビソワの検診では100人の子どもにつき虫歯の数は、アイヤーの2、3本に対して、20.2本もあったのである。私たちはここで栄養摂取の面で起った変化を研究する好機を得たのである。輸送と新しい市場の発生に伴って、当世風の精白された小麦粉、それを使用した商品を作るための製パン装置、ひじょうに甘い果物、ジャム、マーマレード、ゼリー、砂糖やシロップ---これらのすべてが、この地方で産する高ビタミンの酪農製品や高ミネラルのチーズやライ麦と取り引きされるのである---などがもたらされた。また取り引きに伴って、機械で織った織物や様々の新奇なもの---こうしたものは直ぐ必要品になってしまうのであるが---を買うのに十分な割増し金として貨幣を手にすることになった。

どの谷にも村にも独自の祝祭日があるが、その日の主な行事となっているのは運動競技会である。その昔、祭りの宴にはたいてい酪農製品が出たものである。競技の出場者には、彼らの好物で健康にも良い飲食物になっていた、大きなクリームのかたまりが与えられ、また特製のチーズが準備してあった。ほとんどブドウ酒は用いられることがなかったが、それもその谷ではブドウを産しなかったのと、また何世紀ものあいだ、彼らは孤立していたため、ブドウ酒をつくる種々の用具を入手する機会がなかったからである。しかしビスパーターミネンの村では、山裾近くに住む人たちの所有する特別なブドウ園があって、種々の醗酵状態のグレープジュースを作っていた。以前、祭りにはクリームやその他の酪農製品などと同じく、特に良いブドウを収穫した年のブドウ酒を用いてお祝いをしたのである。彼らにとって、クリーム製品は、今日の我々にとってのアイスクリームに相当するものであった。まことに興味深かったのは、その土地で9世紀から10世紀もの間使用されていた大ジョッキをビスパーターミネンの村長の好意で見ることができたことである。これらの品物を管理することが、村長の遂行すべき仕事の一つとなっていた。

百年以上前の墓のある所、ローヌ峡谷にしろ、またスイスのあらゆる所では、事実、掘り出されたほとんどすべての頭蓋骨には比較的完全な歯があったと報告されている。ところが、最近埋葬された人の歯は腐蝕して穴だらけになっているか、失くなってしまっていたのである。普通、教会には墓地が併設されているが、墓には美しい生花や造花が供えてあり印象的であった。家族は何代にもわたって埋葬され、次々と重ねられて数フィートにも達していたといわれている。そういうぐあいに何代もの間経過した後でその死体は今後の世代のための場所を確保するために掘り出されるのである。こうした遺骨は、普通、栄誉と敬意をもって保存されている。骨は、頭蓋骨が外を向くようにして、教会の伽藍のある建物の地下に積み重ねられることになっている。これらが時には、固まってかなり長い壁状になっていることもある。ナーテルスには、2万もの骸骨や頭蓋骨でできたそのような塊があるといわれている。ビスプの大聖堂にあるもっと小規模なコレクションの時と同様、ナーテルスの人骨も大いなる興味をもって研究した。単根でまっすぐに根づいている歯は、人骨を取り扱う過程でその多くが失われてしまったものの、それでもまだ多くの歯が残っていた。虫歯にかかっていた歯の割合が、ほんのわずかにすぎないことを見出したのは重要なことであった。ウ蝕がひどく進行していた歯には、歯槽突起の破壊を併発する根尖部膿瘍が見られた。この場合の骨の変化を示す証拠は容易に見ることができた。歯が抜けた後の歯槽骨が今でも壁状に残っているのは、死んだ時点で歯が丈夫であったことを示すものである。

スイスでの近代化がひじょうに進んだ低いところにある谷や平野部から、孤立した高地の谷に入ると、顔と歯列弓の形状あるいは歯の健康状態などに記録に価するほどの顕著な差異が存在しうるとは、読者にもほとんど信じがたいことにちがいない。図3は典型的な幅の広い歯列弓と規則正しい歯並びをした4人の少女を撮ったものである。彼女たちはいずれもレッシェンタール峡谷やその他のスイスの孤立した峡谷地方で育った者たちであるが、そこでは優れた栄養が摂取されていることは、すでに私たちが見たとおりである。


図3 両親も子どもも適切な栄養をとっている場合、顔や歯列弓の形状はこのように正常である。よく発達した鼻孔にも注目してほしい。

彼らは、歯ブラシを使うなどということは教えられたこともないのである。その歯には、歯を磨いたことのない人に特有な沈着物が付着している。とはいうものの、彼女たちの歯のウ蝕はほとんど皆無といっていいほどである。彼女たちはそうした所に住む人々の代表例であると見なしてもいいが、他の人々もまったく同様なのである。こうした高地の峡谷に住む子どもの4280本の歯を検査した研究でも3.4%しかウ歯がなかったということがわかっている。こうした事実は、近代的な食物をとっている近代化された地域で見出された状態と著しい対照をなしている。

レッシェンタール、グラーヘン、ビスパーターミネン、およびアイヤーでは、形態は種々様々であるにしても穀物類、ライ麦、動物性食品、ミルクなどといったほとんどその地方で生産される食物だけで生活している土着のスイス人集落を発見したのである。ただしビソワだけは近代的な食品を手に入れることができるので、歯のウ蝕に対する免疫性の程度が著しく変化してしまっていたのである。すでに研究を行なった上記の4地域は歯のウ蝕に高度な免疫性を示していたが、そうした所と同様の標高にある他の地域でも研究を実施することが重要である。比較研究のため選定される土地では近代的な食品が摂取されていることが望ましい。そういう場所を探すには、近代科学と工業の結合によって生み出される最良のものを手にしうる世界的な有名保養地といった場所を考えてみるのが自然の道理であろう。その点サンモリッツなどは格好の場所である。サンモリッツは上エンガディン地方を流れるダニューブ川の源流近くにあってスイス共和国の南東部に位置している。世界に名だたるこの湯治場は、夏冬を通じて保養地としても、また山の湖、雪を頂いた峰々、森に覆われた山腹、日光が豊かで水晶のように澄んだ空気を楽しむことができる場所としても、全世界の人々を魅了している土地である。

バリス州から上エンガディン地方への行程はローヌ峡谷へ至る道でもある。谷をさえぎる大ローヌ氷河まで、小さな滝や壮麗な滝を次々に眼下にしながら登りつめると、ローヌ峡谷にたどりつく。氷河の足もとからは水がほとばしり、それがローヌ峡谷を通って西方へと流れていくあのローヌ川の主流となる。そしてこのローヌの主流は、南北の両流域の雪解けによってできた支流と合流しながら、美しいジュネーブ湖に向かって西に流れ、それからさらに西や南へ下ってやがては地中海へと注がれる。

スイス政府の役人によって調査され、アドルフ・ルース博士とその同僚がまとめたローヌ峡谷の子どもたちの生活に関する研究によると、実際にほとんどすべての子どもが虫歯にかかり、さらに大部分の子どもたちがひどい状態にあることが明らかにされたことは重視すべき点である。この峡谷に住む人々には、世界中の贅沢品が、便利な鉄道輸送によって提供される。アンダーマット峠を東へ通り抜けるとき、私たちはセント・ゴタード・トンネルのところで汽笛を山々に轟かせているイタリア行きの汽車が、私たちのいるところから1600メートルも下を走っているのがわかった。目的地である美しい近代的な避暑地サンモリッツの町に着くまでに、美しく水晶のように透き通った空気で有名なエンガディン地方に入る。楽しみを求める人や美しい景色を好む世界中の人々が魅せられた見事な自然が私たちを待ち受けていた。冬と夏の気候、すばらしい景色、そして澄んだ空気以外、そこには人を魅きつけるものは何もないのだが、近代的な町サンモリッツが標高1600メートル以上のところにあるとは、誰も想像しないだろう。私たちはすべての人が手織りの服を着ている社会から、英国製の外出着やもっともエレガントな服装を身にまとっている社会へとやってきたのである。ここの人はみんな文化的な雰囲気を漂わしている。ホテルの建具やデザインはアトランティック・シティのなごりを残している。ここに足を踏み入れたとたん、未開の地域と比べてどこかが違っているという感じを誰もがもつにちがいない。それは子どもたちの体格がさほどよく発達しているわけではないことや、小さな村などに見られるような身体的威風といったものがここの人々からは感じとられない点である。

町の歯科医であるウィリアム・バリー博士と公立学校の視学官の好意によって、子どもたちを調査するために学校の建物が借りられるよう便宜をはかって頂いた。また夏期学校の授業が終わる前に、調査のために子どもをひきとめておいてくれたりもした。そして、いくつかのことが直ちにわかったのである。子どもたちの歯はピカピカと光り、そして清潔で、近代的な歯みがきと効率的な予防法が十分指導されていることを、それは雄弁に物語ってくれている。歯肉は比較的に良好であり、食物のくずや食べかすが取り除かれ、歯も美しい。確かにこのすばらしい気候、すてきな環境、そして現代の予防医学の粋を取り入れることによって、虫歯は100%くいとめることができるはずである。しかし8歳から15歳までの子どもたちの歯を調べてみると、29.8%がすでに虫歯になったことがあることが判明した。私たちの研究は子どもの一人一人の口を丹念に調べ、顔と歯の写真をとり、化学分析用の唾液サンプルを収集し、そして食事に関する各事例のデータに基づいて食事のあり方を検討したのである。大部分の場合、食事は著しく近代的なものであったが、虫歯がなかった子どもだけはライ麦のパンとミルクを大量に食べていることがわかったのである。

この点については第15章で、免疫性の高い地域と低い地域において、食べている食品の化学的差異がどのようなものであるかを論証するつもりだ。

上エンガディン地方で生活した経験をもつかっての住人によれば、ほんの何十年か前までは、学校の弁当に、炒ったライ麦をポヶツトに突っ込んできていたそうである。子どもたちの先祖か、何世紀もこのような穀物食を摂ってきたのである。

サンモリッツはベルン州やバリス州とよく似た物質的環境にある典型的なアルプスの町である。しかし、ここでは白い小麦粉を使った食品、マーマレード、ジャム、野菜の缶詰、菓子類、それに果物類が豊富に入荷し、それが地方に出荷される。だが、地元ではほんのわずかな野菜しか生産されていない。昔ながらの食事をしている親をもつ子どもたちを調べてみて、虫歯にかかっていない子どもたちがどんな食事をとっているのか、また、それはひどい虫歯をしている子どもたちの食事といかに違ったものであるかが明らかになった。

スイス政府の役人が精力的に行なった諸地域における虫歯の調査と統計の仕事は、世界にもそれほど類例がないものである。コンスタンス湖近くの湖の北東にあたる地域には、100%の人が虫歯に悩んでいるという特殊な地区がある。人口の多いスイスでは、ほとんどの地域でも95%から98%の人が虫歯にかかっている。残りの2つの地区でも、一つは90%ないし95%、もう一つの地区は85%ないし90%の人が虫歯にかかっているのである。コンスタンス湖近辺の地区では虫歯にかかる率がひじょうに高く、100%を記録しているということなので、その地区を厳密に調査し、唾液サンプルと食事についての詳細なデータを集め、またこの地域に住む成長期の子どもたちの身体検査を入念に行なうことが特別必要なように思われた。そしてこの地区の公衆衛生局長であるハンス・エッゲンバーガー博士の好意によってこの調査を実施する機会を得ることができた。

エッゲンバーガー博士のはからいで、療養中の者数人を含めて子どもたちの典型的な集団を調べることもできた。彼の担当地区はサン・ガル州にあるヘリソウであった。屋外療法、新鮮な空気、太陽光線に関しては、そこの子どもたちの健康増進の仕事はうまく運営されていることがわかった。たぶん栄養の問題とも関連を持っているのだが、この地域では虫歯の問題が深刻になっているということから、日光療法が行なわれている。訓練された体育指導者のもとで少年と少女の両グループに適当な運動もやらせている。そしてこのようなグループが市内のいくつもの地区につくられているのである。遊び場には森のある丘と隣りあった芝生の土地が開放されており、危険のない子どもたちだけの空間を提供している。子どもたちはそこで水着のまま遊びまわって食欲を旺盛にし、その結果大部分が近代的な献立てからなる施設の食事にも慣れるというわけである。丹念に歯を検査しそのデータを分析した結果、成長期の少年少女の4分の1にあたる歯がすでに虫歯におかされていた。虫歯の猛威から逃れている者は、わずか4%にすぎなかった。

ヘリソウのこのグループでは2065本中、25.5%が虫歯にかかっており、しかもその中の多くは膿瘍ができていた。図4の上の写真は虫歯の蔓延した典型的な症例の2人の少女を撮ったものである。左の写真は16歳の少女で、永久歯の何本かは歯茎まで虫歯におかされている。彼女の顔つきはかなり歪んでいるが、右側の女の子もまた然りである。


図4 スイスの中でも近代化の進んだ地域では虫歯は途方もなく進む。左上の少女は16歳で、右の子はそれより年下である。2人は精白パンと甘い物をたっぷり食べている。下の2人は歯が叢生(乱杭歯)状態にあって歯列弓の形がひどく悪い。この歯列不正は遺伝によるものではない。

孤立した地域に住む集団では顔の発達が正常であるのに比べ、そこから低い谷間に住む集団の方へ目を転ずると歯並びが悪く、歯列弓や顔の他の部分が狭くなっていることに気がつく。図4の下半分に示した2人はそうした例である。また孤立集団では、口で呼吸する者が1人もいないのに対し、平地の集団における子どもたちには、口で息をする者が多い。調査対象となった子どもたちの年齢は10歳から16歳であった。

近代化した地域では、虫歯にともなう膿瘍が顔面に拡がって痩孔(ロウコウ)ができ、傷を残す組織となって、傷跡が永久に醜く残っているという場合がしばしば見うけられる。

このような悪い状態でも、地域一般の事情と比較するとまだ良い方だと私たちは聞かされた。地元の人や旅行者に接するにつれ、虫歯のひどさは目を覆うほどであった。サンモリッツと同じように普通以上に良い歯をもった子どもを見かけることも時々あった。一般に、その理由を探すのに苦労はしなかった。たとえば、サンモリッツのあるグループ、16人の男生徒のクラスでは合計158本の虫歯があったが、これは平均すると1人に9.8本も虫歯(つめ物をしている場合も虫歯として数えている)があることになる。しかし、同じグループのなかの3人は、合計3本しか虫歯はなかった。そのうちの1人は虫歯は1本もなかった。この3人のうち2人は黒パンか精白していない穀物を食べており、あとの1人は黒パンとオートミールのお粥を食べていた。また、3人ともミルクをたっぷり飲んでいた。

酪産物の供給源をここで探そうとしてみると、全人口の大部分が住んでいるスイス平野の牧草地には牛がいないことに気がつく。事実、大きな酪農場は見かけることがあるが、牛は目につかないのだ。このことについて説明を求めると、穀物がよくとれる時期には、牛を小屋につないでいる方が多量のミルクがとれるということだった。確かに、これらの大部分の地域では柵はほとんどはりめぐらさないので、冬に使う家畜用飼料も含めて農作物が成長している時には、牛を閉じこめておく必要があった。牛が放牧される唯一の時期は穀物が取り入れられ、刈り株が掘り起こされる時だけなのである。

サンモリッツとヘリソウの、虫歯にそれほどかかっていない子どもたちの集団では、ミルクをかなり飲んでいた。しかしこの2つの地域で検査した子ども全体では、11%しかミルクを飲んでいなかった。これに対して100%の子どもがミルクを常飲しているような地域では、虫歯にかかっている者は皆無だった。またサンモリッツではほとんどすべての子どもが精白されたパンを食べていた。ヘリソウでは調査したうち1人だけを除いて、すべての者が、食事には、全部白パンか、白パンが大部分の主食となっていた。

スイスのなかで非常に人口密度が高い地方では多くの牛が畜舎のなかで育てられているということ、そしてミルクを飲む子どもが少ないしそれもたまにしか飲まないので、一体ミルクは何に使われているか気になった。いくつかの地域で作られる甘いミルク・チョコレートの銘柄を宣伝した標識が路上に無数に立っていることを見れば、ミルクの用途の一つを知ることができる。このチョコレートは輸出品の重要品目の一つであり、飲料としてもスイスや他の国々において多くの人々の重要な食品となっている。ミルクにカカオ豆と砂糖が加えられると、ミネラル成分とカロリーで表わせるようなエネルギー成分との比率が当然のことながら減少するので、チョコレート自体は高エネルギー源の食品とみなされる。

従来では、スイスになぜこんなに多くの虫歯が発生しているのかといえば、土壌中のヨードが不足しているため、牧畜の飼料やその他の食料に少量のヨードしか含まれていないことにも原因があると考えられていた。過去の世代では多くの人たちが甲状腺腫や各種の甲状腺障害にかかっていたのである。しかし、ヨードの欠乏が虫歯の原因ではないということは、つぎのような事実によって立証されると思われる。つまり、育ち盛りの子どもたちや身体に負担のかかる時期にある他の人々に、ヨードを好ましいかたちで食事のなかに補うことによって、このヨード欠乏の問題は解決したにもかかわらず、今日でも虫歯は以前より増えてはいないにしろ同じぐらい広まっていることは明らかだからだ。事実、クリーブランドでクライル、マリン、キンボールの3氏が行なった初期の研究は、この地域における甲状腺障害を抑制する上で先駆的業績となったと、この分野の権威者からも評価されたのである。

ヘリソウ地区の役人は虫歯の多いことに深い関心をもち、この問題に対処すべく行政レベルや地域レベルでの計画を推進してきた。もし虫歯が主にビタミンDの不足に起因しているものであれば、患者に日光浴をすすめることによって問題は解決する。つまりこれが、地域の育ち盛りの少年少女に水着を着せ、身体を日光で焼かすことになった主要な理由の一つである。

私の注意をひいたもう一つの方策は、この地方の山麓でとれるカルシウム分を多量に含んだ物質をパンに混ぜているということだった。この種のパンと普通のパンとを化学分析によって調べてみたが、臨床的には虫歯の減少には効果がないことがわかった。

簡単な食事療法によって虫歯は予防できるということを子どもたちを通して証明する目的で、私は近くの町に診療所を設置しようと努力した。ところがこの実験集団のための子どもを選ぶにあたって、ある興味深い出来事が起った。クリーブランドの臨床集団においてその効果がすでに実証ずみであったプログラムにしたがって、1日の食事のうち1食を栄養の補強されたものにするよう両親に依頼したところ、女の子は歯を良くする必要はまったくないという反論が両親からおこったのである。女の子は結婚する前に歯を全部抜いてしまい入歯をいれる習慣があった。それはもしそうしなかったとしてもいずれ歯が1本もなくなるという理由によるものだった。

山岳地帯を含むスイス南部は主として花崗岩でできているというのは興味深い。それに対して、スイス北部の山々はもともと石灰岩からなっている。この2つの地層の間にある平野は、大部分が上の地層から洗い流されてきた沖積土でできており、そこには多くの人々が住んでいる。この地域の土壌はひじょうに肥沃で、過去においても発育のよい健康な人たちを育ててきた。

その地区の役人に、当地の主要な病気は何かと尋ねたところ、虫歯がもっとも一般的でかつ深刻な病気であり、次に重要なものが結核だということだった。この2つの病気はともに、この地域では比較的新しいものであるという。

スイスのレイセンに診療所のある、著名な日光浴療法の専門家であるローリエ博士を訪問した時、私は肺病以外の結核に対して日光浴療法が注目すべき効果をもたらすことに感心した。何人の患者を見ているのかと聞くと、ローリエ博士は350人を診察していると言った。さらに、孤立した山岳地帯からは何人来ているかと尋ねると、1人もいないとのことであった。他の国々から来ている少数の人を除けば、ほとんどすべての人がスイスの平野部の住人だった。

私は何人かのスイスの臨床医が、スイス人における虫歯と結核の関連性にどういう見解をもっているか調べてみた。それによると、この2つの病気は一般的にみて関連しているという指摘のあることがわかった。世界各国の諸研究においても同様のことが見られると思う。

これまで概説してきたようにスイスにおける調査からは、孤立した集団は自然食を食べ、虫歯に対しては完全な免疫性を維持しているが、伝統的な食事法に代わって近代的な食事が摂られるようになると、サンモリッツのように高い山々に囲まれた理想的な場所やスイスの美しく肥沃な平野においても、虫歯に対する免疫性がなくなってしまうということが明らかになると思われる。通常この問題は、実験室のデータにあまり頼ることなく、ただ、厳密な食事の分析の結果を見さえすれば、自ずから明らかになるだろう。ところが他方、実験室での分析は、虫歯の免疫性を獲得するためには何が必要であり、虫歯にかかりやすいのは何が欠除しているときかを調べることによって、食品の主要成分を割り出すのである。食事の化学分析のデータについては第15章で述べる。

虫歯に対する高い免疫性、歯列弓や顔の正常な発達、病に対する高い免疫性をもった頑健な身体にめぐりあうのは、いつも決まって、物理的に孤立し利用する食物が制限されざるをえないような地域であった。これは、酪産物や全粒のライ麦パンをふんだんに食べ、それにあわせて野菜と週1回ほど肉を食べているためである。

近代化された地域に住む人では多くの歯が虫歯にかかっていることが明らかにされた。またこうした人の中には顔や歯列弓が正常に発達せず、病気にもひじょうにかかりやすい人が多数いた。この状態は精白された小麦粉の使用、多量の糖分、缶詰製品、加糖された果物、チョコレートなどの食べすぎ、そして反対に酪農品使用の大幅な減少、これらが上記のような状態をつくりだす上で大いに関連していたのである。

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