食生活と身体の退化
〜未開人の食事と近代食・その影響の比較研究〜

W. A. プライス著、片山恒夫訳

第2章 衰退の一途を辿る近代文明


現代人が、身体の健康面で衰えてゆきつつあることは、多くの著名な社会学者や他の分野の科学者が力説してきたところである。近代科学が多様な研究調査の方法を駆使して進歩をおさめたにもかかわらず、退化現象の出現率が徐々に加速化するという事態が起こりつつある。声を大にして警告がなされる原因の一端は、まさにこの事実にある。

A・カレル博士は、『人間、この未知なるもの』という論文の中で、つぎのように述べている。

医学は人間の苦痛を軽減してきたのだと我々を信じ込ませようとしているものの、実際はそれとはほど遠いのが現状である。なるほど、伝染病による死者の数は大いに減少してきた。だが、退化に関連する種々の病気がもとで死亡する者は、依然として大きな割合を占めているはずである。
流行性伝染病が減少したことについて検討した後、博士は、さらに次のように言葉を続けている。
細菌性のあらゆる病気は、おそろしいほど減少している。……ところが、医学一般の勝利にもかかわらず、病気の問題は、解決されたというにはほど遠いところにある。近代人は虚弱化している。わずか110万の人間で、他の1億2000万人もの人々の治療にあたらねばならない状態である。合衆国人口のうち、軽い症状の者、重病の者を合わせれば、毎年およそ1億人もの人が何らかの病気にかかっている。病院では、年間を通じて毎日、70万ものベッドがふさがっているのである。……あらゆる形で行なわれている医療には、毎年、約35億ドルもの費用が使われている。……人体は、退化に関わる種々の病気に、一層かかりやすくなってきたように思われる。
今日の合衆国における国民の健康状態については、様々な分野での健康管理対策を遂行している諸機関がおりにふれ報告しているところである。健康問題一般については、合衆国公衆衛生局長官パーラン博士が全般的な検討と解釈を行なっている。政府機関の中でも重要なこの行政機関の長官である博士ほど、国民の健康に関わるあらゆる側面について豊富な知識をもっている者はおそらく他にはいないであろう。彼は、最近州や地方の保健担当者用の手引きとして配布した中間報告書(1)の中に、大勢の政府職員が収集したデータを掲示している。この報告書には、合衆国国民を構成するすべての人種集団の健康状態に関する統計資料---種々のタイプの地域社会や区域で、また様々の経済水準のもとで生活している266万にも及ぶ人たちの健康状態と経済状態に関する記録---が含まれている。この資料には、各年齢層毎の記録も収められている。彼は、この266万人分の資料が十分合衆国国民全体の統計的な代表性をもちうると仮定した上で、つぎのような解釈をほどこすとともに、1億3000万に及ぶ国民全体が置かれている健康状態および経済状態について引き出した結論を示している。
毎日毎日、20人に1人は、病気のため学校や職場に通えず、通常の活動を成しえない状態にある。

合衆国の男性、女性、子どもは年平均10日間は病気にかかっている。

若者は平均して、年のうち7日を、また老人は平均して35日問を病床で過ごしている。250万もの人(1日当たりの罹病者600万人の42%にあたる)が、慢性の病気---心臓病、動脈硬化、リューマチおよび神経症など---にかかっている。

全聾者は6万5000人、聾唖者は7万5000人以上、手、腕、足、脚を失なっている人は、20万人もあり、脊柱に不治の損傷のある者は30万人におよび、50万人が盲人で、100万以上もの人々が治る見込みのない身体障害者である。

1週間以上の病気にかかった人の比率を見てみると、経済状態の良い者を1人とした時、生活保護を受けなければならない所得水準(家族全体の収入が年間1000ドル以下)の者では2人という比率になる。

年収、2000ドル以上の収入層では、慢性的な疾患がもとで、仕事を見つけることができない状態にあるのは250世帯中、わずか1世帯しかないのに対して、生活保護世帯では、20世帯につき1世帯の割合で世帯主が働けない状態にある。

生活保護世帯や低収入の家族は、経済状態の良い家族に比べて、病気の期間は長く回数も多くなっている。そういう家族は医者にかかることもきわめて少ない。しかも、特に大都市の貧困者の場合は、経済状態の良い人々よりも長く病院に居なければならない状態にある。
パーラン博士の結論は、こうである。
不十分な食事、粗末な住居、条件の悪い仕事、労働市場が不安定なことなどが、直接健康上の問題を生み出していることは、明白である。
上記で年平均35日間も病床についている「老人」と呼ばれる人々は、なんと1年の10分の1を病床で過ごしていることがこの報告から看取されよう。幸いにもほとんど病床で過ごすことのない我々のような健康人は、大きな関心をもってこうした事実を注視する必要があろう。というのもこの事実は、苦痛であるとか、療養という名で強いられる怠惰とかが広範にわたって存在していることを意味しているからである。疾病率が限度を越えて大きくなれば、現在健康である人にも重荷となって返ってくることは明白である。心臓病や癌にかかる人の割合が徐々に増加しているという問題は、まさに警告に値する。ニューヨーク市の公衆衛生局が出版した統計資料によれば、1907年から1936年に至る29年間にわたって、心臓病の罹病率は徐々にではあるが絶えず増大していることが見られる。その報告書の数字は、死者の数が、1907年で10万人当たり203.7人ら1936年で10万人当たり327.7人へと増加したことを示している。これは60%の増加である。癌の場合は1907年から1936年の間に90%も増加した。

こうした深刻な退化という近代文朋のかかえる問題が、何も合衆国国民に限られたものでないことは、多くの国の研究者が詳細に論じてきたところである。英国の著名な外科医で、社会福祉の研究者でもあるA・レイン卿は、次のような考な述べている(2)。
長い間外科医として過した経験に照らして考えると、文明化された生活様式には、何か決定的で基本的な誤りがあると思える。さらに私は、白人を主体とする国家にみられる現在の食事や健康に関する習慣を再検討しない限り、社会の衰退や人種としての退化は不可避であると信じている。
数ケ国で見られる白人人口の減少は、こうした退化現象の原因となる諸要因が広範に作用していることを裏づけるものである。オーストラリアの場合と開運させてこの問題を論じたシドニー大学の経済学講師、S・R・ウォルステンホール氏(3)は、次のような予想を下している。
積極的な人口政策を欠いているために、オーストラリアでは、今後40年以内に、人口の衰退が起こることは不可避であろう。
こうした問題は、通常我々が身体の病気として考えがちな健康を維持する為の諸条件のみに限定されるものでないことを、現代の社会問題の研究者たちははっきりと認識している。このことは最近、W・デュラン氏(4)が、論じたなかにも示されている。
・・・・・・アメリカ人は、近代文明の維持や価値ある准歩と関わっており、我々が取り組まねばならない重要な少なくとも4つの問題に直面している。
1. 白色人種にとって脅威となっている退化の問題。
2. アメリカ人の消費能力を、生産能力と同じ程度にまで迅速に上昇させねばならないという問題。
3. 第3に道徳に関する問題。文朋というものは、社会的、政治的な秩序を促進する道徳に依存している。
4. 政治家の力量や人材が涸渇しつつあるという問題。
今日、いわゆる文明世界では、他のいかなる病気にもまして、歯の疾患や虫歯が、一層多くの人々を冒していることはよく知られている。アメリカやイギリスおよび他のヨーロッパ諸国において数百万人の規模をもつ高度に近代化した種々の集団を検討してみると、様々の地域に住む人々の85%から100%までもがこの虫歯という病気に冒されているという事実が明らかにされた。それはあらゆる余病を併発し子どもが学校を休む原因ともなる。健康を害するという観点からすれば、多くの人は、それが身体の他の器官にも波及するもっとも危険な要因として作用するものだと考えてきた。ニュージーランドの厚生大臣、J・A・ヤング氏も歯科的な病気の影響がいかに潜行性をもっているかは、身体の広範な障害の前触れとしていつも歯が悪くなっている事実からも明らかである、と強調する。また彼は、英国で問題視された、ことの重大性について次のように言及している。「大英帝国厚生省の内科主任G・ニューマン卿は、『歯科的な病気は、人間の不健康の最大の原因ではないとしても、少なくとも主要な原因の一つであることはまちがいない』と述べている」

ハーバード大学のE・A・フートン博士は口腔敗血症の重要性と虫歯予防の課題について力説している。彼はその近著、『猿、人間および魯鈍(5)』の第7章の最後で、その問題について次のような意見を述べている。
人類の健康は危機に瀕しており、虫歯の予防と歯列の不正防止の方法を発見する策が講じられぬ限り、人類進歩の道程は下降の一途を辿ることになると、私は堅く信じるものである。・・・・・・約言するなら、人間の歯と口とは、恐らく文明の影響下で、種としての人間の全身の健康を蝕む伝染病の格好の目標となったのであり、進化の途上で現われた退化の傾向は、顎骨があまりにも小さくなりすぎて歯を収容しきれないという形態をとって、近代人にはっきりと現われてきている。その結果として、これらの歯は不揃いに生えてくるので、歯の基本的な能力をほぼ完全に喪失してしまっている。我々が立ち向かわなければならないのは、これらの事実に対してである。
歯科医学の戦略的な位置について論じる際に、フートン博士は次のように述べている。
私の考えでは、人類を究極的に滅亡に至らしめる原因となるような歯科的な疾患や退化現象の増大を食い止める方法は一つ、しかも唯一の方策しかない。それは、歯科専門職の地位を高めることによって、常時、熱心な研究者の協力を得て歯科的疾患の原因を究明し、その治療法を探求し得るような状態にすることである。……人間の進化が食事によって影響を受けるものである限り、歯科医療に携わる人々は、自ら、人間の進化を知的にコントロールする仕事に従事する者にふさわしい振舞いを身につけなければならない。無知な未開人のところに赴き、彼らの食事の仕方をとくと考え、賢明な心を持とうではないか。歯ブラシや歯磨の方が、靴のブラシや靴墨以上に、ずっと重要なものだといったまやかしはもうやめよう。人工的な義歯を我々にもたらしたのは、人工的な加工食品なのである。
従来、歴史学者は、近代化した人種集団の遠い祖先にあたる人間をも含めて、いわゆる原始人の歯が優れたものであることを指摘してきた。現世代には幾種かの動物に歯の腐蝕が見出されることもあったが、人類の歯は、比較的歯の腐蝕にかかることを免れてきた。原始人類は現代の動物よりも病気にかかることが少なかった。未開の種族に虫歯が見られないことは人類の特筆すべき特徴なのであり、多くの論者は虫歯のことを近代に特有な病であると言及しているほどである。

ドライヤー氏(6)は、先史時代の南アフリカ人の歯の腐蝕について論じた際に、つぎのような指摘を行なっている。
マツェス・リヴァー・シェルター(第四紀の現世統)で発掘された頭蓋骨から得た厖大な歯のコレクションの中には、たった一点の虫歯の痕跡さえなかった。このことは、虫歯が比較的近代的な病気であって、虫歯の痕跡をとどめている頭蓋骨は古代のものとは見なし得ないと判断を下すヨーロッパの人類学者の経験的判断を裏づけるものである。
本書で報告する研究に関連して、特に重要な点は、歯の腐蝕の原因を探求しようとする気持が、この研究に着手するに至った第一の理由であったということである。近代社会では、歯の腐蝕に対して比較的高い免疫性をもった大きな集団を見出すのは、はなはだしく困難であったために、未開種族として残存している集団から対照集団を選び、調査を行なった。そして、近代文明と接触した時点で、人種として免疫を喪失することに伴う様々な変化に注目するためにもそうした集団を検討する必要があるのである。おそらく、虫歯の原因に関する問題の場合と同じく、現代社会の諸集団に関連するいくつかの問題についても、素人は言うに及ばず、医学や歯学の専門職に携わる人たちでさえ、適切には理解していなかった。

歯列弓の不正を矯正することによって顔の形を整えるという課題から、「歯列矯正」として知られている歯科医学の特殊部門が発展することになった。今では顔の奇形の原因を扱った論文も、多数にのぼっている。顔の形がまったく異なった人種同士の混血が、顔の奇形を生み出すのにあずかる主な要因であると、多くの人が述べてきた。叢生菌は〔乱杭歯〕、両親の一方から大きい歯を、他方から小さな造りの顎骨を受け継くことによると言われてきた。そうした遺伝によって、歯列弓が小さすぎてそこに生えた歯が収まりきらないという事態になるというのである。ある種の奇形の型、特に、下顎歯にかぶさる上顎歯が大きく突出する奇形についての一般的説明によれば、それは親指を吸う癖の結果として起こるといわれている。つまり親指を吸うと上顎歯列弓を前へ引き出し、下顎歯列弓を押し込むことになりがちなのである。それにあずかる他の要因として挙げられているものには、睡眠時や呼吸時の良くない習癖がある。歯列・咬合の不正の多くは、以上述べたことに帰せられてきたのである。しかしながら体型の問題と同様、歯列弓の造りをも含めた顔かたちの問題は、個人の場合のみならず、種族の場合についても成長の問題とひじょうに密接な関係があるため、発達の諸法則と同様、ある種の法則については形質人類学者がひじょうに詳細な検討を加え、解明してきた。彼らは、何世代にもわたって影響を及ぼしてきた環境変化によってのみ体型の変化が起こりうるのだと想定してきた。本章に続く諸章を読み進む場合にも、こうした観点を心に留めておく事が肝要である。というのは、次章以下で、近代文明の食物を摂取し始めた親から生まれた第一世代においてさえ、様々の人種集団の中で、多くの体型上の変化が日常的に発生してきているということを記述しているからである。

現代の多くの論者は、精神的、道徳的退化現象の重要性を認識し、またそのことを力説してきた。レアード氏は、『一国を揺さぶる輩たち(7)』と題する論文によって大きな貢献をなしたが、その中で、彼はこう述べている。
我国の国民の一般的な能力の水準は平均して、世代を重ねるごとに低下してきている。選挙権も、自分の面倒を見ることができる市民に限って与えることにしてみてはどうか。4人に1人はその資格がないということになろう……。尻尾のように痩せた輩が今やワシントン、ウォール街、ラサール通りを揺さぶっているのである。……これまで各世代は、アメリカの一般的な能力の平均水準が何ほどか低落しつつあることを、目のあたりにしてきたのである。
わが国の現状に関して分析した際、レアード氏はあるひじょうに重要な側面を強調している。彼は退化の現象が限られた地域に局限されるものではないという点を力説する一方、退化現象の発生する割合やその程度に、ある地域における個有の条件というものが重要な役割を演じているのかどうかという点に関して疑問を提起している。彼は、さらに言葉を続けて言う(7)。
およそ20以上に及ぶ州のうちどの州でも引き合いに出せるのだが、我々はまず、ヴァーモント州の場合を例にとろう。その訳は、故P・ベイリー博士の研究した場所がヴァーモントであったからである。博士はつぎのように記していた。「ヴァーモントでは、少なくとも1000人に30人が8歳程度の精神年齢でしかない欠陥者である。また、1000人に300人が知恵遅れ、つまり、明らかに劣った知的能力しか持たない者たちである。換言すれば、その州の人口全体のほぼ3分の1は、何らかの管理を必要とする人々なのである」
低知能の問題、および身体の病気に対する今日的な考え方の中でその問題がどう位置づけられているかといった問題は、良く理解されている退化の場合のように、疾患のある器官と直接に関係する肉体的な問題だとはみなされてこなかった。反対に、特定の器官や組織の病気とか障害とかの分野とはまったく異なった領域の問題と、一般的にはされてきたのである。コロンビア大学のE・L・ソーンダイク氏(8)は、「思考というものは、消化と同様、生物学的なものである」と述べている。この言葉は、思考能力の障害が、脳の欠陥に直接関係するものであることを示している。

もう一人の精神能力に関する著名な学者、J・B・マイナー氏(9)はいう。
道徳と知性が、個人のあらゆる相違を通じて相互に関連あるものであることが最終的に明らかになれば、このことはおそらく社会が解決しなければならないもっとも深刻で重要な課題であるはずだ。
子どもの知恵遅れの原因は、条件づけの要因を形成し、またその後の行動に強く影響を及ぼす幼児期のある種の経験に、その多くは帰せられてきたように思われる。大きな犯罪を含む様々な非行と肉体的欠陥々は、どのような関係にあるのか。社会的な退化現象に関する今日的課題は数多くあるが、そのなかでもこれは、もっとも注意を要する問題の一つとなっている。チャセル氏(10)は、諸外国のしかも多方面にわたる研究者から寄せられたレポートを余すところなく研究し、その結果を次のように報告している。「精神薄弱者の集団にみられるような非行と低知能に関して、両者は明らかに高い相関を示しており、しかもその数値はますます大きくなる傾向にある」

長期間にわたってロンドンにおける知恵遅れの子どもと非行少年の問題に関する広範囲な調査を行ったバート氏(11)は、子どもの知恵遅れの原因についての要約と結論の部分で次のように述べている。
ロンドンとバーミンガムではともに60%から70%の子どもたちが先天性「遅鈍」のカテゴリーに属している。……これら大部分の子どもたちに見られる顕著な原因は、おそらく生まれつきのものや往々にして遺伝によると思われる一般的な知能の低さである。
また彼は、虚弱体質と精神遅滞との関係を論じて次のように書いている。
学校の先生にとっては遠い昔からあったはずの、知恵遅れの児童の問題も、最近になるまで体系的な研究はまったく行われていなかったのである。とはいっても、現在も、その原因はほとんどわかっていないし、また治療法に関してはさらに知られていない。・・・・・・そのうえ、知恵遅れの子どもの大多数---ロンドンのような大都市地域には80%も見られる---が軽い疾患や慢性の病気にかかっていることは明らかだが、それにもかかわらず、虚弱体質そのものが知恵遅れの主要な原因となっている事例はめったにないのである。
非行や犯罪を生みだす原因となっている諸要因を研究するために実施された数多くの調査を通して、この分野の研究者の誰もが実際にはそれらの諸要因が判然としない性質のものであることを検証してきた。バート氏(12)は言う。「あたかも犯罪はある種の伝染病のようであり、そうしたものに体質的に感染しやすい者は、思春期に突然それらの病気にさらされたり、あるいは思春期になると彼らが特にそうしたものに感染しやすくなったりするようである」彼は非行と身体的欠陥との関係を強調してこう述べる。
たいていの常習犯は健康といえる状態からはほど遠い。彼らは弱々しく、病気がちで、虚弱でもある。たしかに、慢性の情緒不安定というものは、慢性の身体的な不調をたえず伴うものだから、多くの人は、犯罪が役人よりも医者、鞭よりも薬を必要とするような一つの病気、そうでないとしても病気の一徴候であると考えてきた。・・・・・・

非行少年の間には身体的虚弱性や病弱性が頻繁に見られることは最近の研究者のほとんどの人が指摘してきたことである。私が調査した一連の事例では、70%がこのような身体的疾患をもっており、そして50%近くが緊急に治療を必要とするものであった。・・・・・・犯罪を犯す心理学的原因のうちもっとも一般的かつ重大なものは、普通精神的欠陥であるといわれている。ひじょうに念のいった科学的分析法を用いるその分野のもっとも著名な権威者たちが、このような考えを発表するに至っているのである。例えば英国では、ゴーリング博士が、「犯罪の病原的要因の一つは精神的欠陥である」と断定している。また、シカゴのヒーリ博士も同様に、犯罪者の個々の性格の中で、「精神的欠陥が、非行の最大の原因となっている」と主張してきた。このことに関してはアメリカの研究者も、同意するはずである。
非行の原因となる基本的な要因がいまだ不明確なままであることは、多数の国の研究者によってなされた詳細な調査報告を通して蓄積されてきた広範な文献の中で、誰もが特筆する論点の一つとなっている。

ギャングの性格およびその起源を論じた、スラッシャー氏(13)は以上のことを、ひじょうに明解に論じている。
どの地域においても、ギャングはギャングなのである。彼らは多種多様な社会の一形態を代表しており、特に興味深いのは、その組織に関しては単純であり、その起源に関しては自然発生的なものであるという事実である。制度的にしっかりした社会集団なら、その存在目的を多少とも意識しているものだし、集団目標を達成するためにつくられた組織というものは、大なり小なり計画の産物なのである。しかしながら、ギャング集団は雑草のごとく発生し、自分たちの目的を意識もせず、目的達成のための管理機構ももっていないのである。実際、彼らの集団が自然発生的で、存在目的すら意識していないので、ギャングの存在が、あらかじめ決められたもの、運命づけられたもの、本能的なものであり、したがって、通常自分たちの環境とはまったく無縁なものであると誰もが考えがちである。
たしかに、クリーブランドの例のように、多くの都市では、非行少年のための特別な学校が設置されている。クリーブランドの学校は、いみじくも、「トーマス・A・エジソン学校」と名づけられている〔トーマス・エジソンは非行少年ではなかったが、小学校の生活に適応することができず、3ヶ月で学校をやめた。学校の先生からは「低能」「愚鈍」な子どもとしてあつかわれた〕。ここには常時800人から900人の生徒がいる。この種の事業できわだった業績を残しているワトソン博士(14)は、その学校の生徒一人一人の生い立ちについて貴重な意見を述べている。
トーマス・A・エジソン学校の生徒は、学校の無断欠席者や問題児であり、その多くはいわゆる虞犯と呼ばれる社会的不適応の初期段階にある子供である。・・・・・・一般的には、彼らは、学校、家族、地域社会における不幸な経験によって生まれた産物でもある。つまり、彼らは、地域社会と呼ばれるものの中で作用し、また地域社会そのものを構成、結合しているあらゆる社会的諸力に微妙に影響されてきた人間たちなのである。
非行を決定する要因の中でも、環境の与える影響がきわめて強調されていることが、上の引用から窺えるであろう。

ハーバード大学の著名な形質人類学者フートン氏は、近代における身体的退化に関してひじょうに重大な見解を呈示している。次第に勢いを増す人類の退化現象というこの大問題に対して、彼は臨床人類学研究所(15)を組織し設置することを提案したのである。彼の言うところの目的とは、こうである。
・・・・・・医者の治療を受けた後人間はいかにあるべきか。この病後の問題をもっと確実に論じるためには、逆に医者など必要としない健康時の人間は生物学的に見ていかなる状態にあるのか、を追究すること……。ゆりかごから問題にとりくむのではなく、死体公示所から問題へと逆に進んでいく医学は、ひじょうに近視眼的な医学なのである。私は真剣にそう考えている。
非行少年が育った家庭を調査することによって彼らの非行が形成される要因を明らかにしようとした貴重な成果も止まれている。サレンジャー氏(16)は、この問題についてつぎのように論じている。
アボット氏とブレキンリッジ氏はシカゴにおける調査で、同じ大家族の出身者でも少女の場合より少年の場合の方が非行率が高いことを発見した。しかし、大家族で非行が発生しやすいというものの、家族が大きければ大きいほど子どもの数からいって非行のおこる確率が高いのは当然であることを、ヒーリ氏とブロナー氏は、シカゴとボストンの調査で明らかにしている。ところがこの2人の研究者は、非行が子どもに対する両親の無関心、貧困、ひどい生活環境、あるいは兄弟からの影響によるものかどうかは明確にすることができなかった。それはともかく、調査の行なわれた2つの都市では、家族集団の規模に応じて、非行率が一般に似かよったものであることがわかったのである。
本書に紹介されている調査を振り返ってみると、この研究が行なわれた時には予期されなかったような多くの問題が提起されているように思われる。これらの新しい問題は、最初は一般的にいって人類の進化に直接的にも間接的にも関係しているとは考えられておらず、このように関連づけられるようになったのはつい最近のことである。

頭とか、口腔や気管などの洞とかの大きさや形が、近代文明を動かしている諸々の要因による影響を直接こうむるものであることはほぼわかっているようである。だから次に、我々が話したり、歌ったりすることにそれが与える影響についても考えてみることにしよう。いくつかの未開種族をたずね歩いている時、彼らのうちの多くの人、というより実際はほとんどすべての人の声が、すばらしい音域と響きをもっていることによく感心させられたものだ。近代社会において、特にすぐれた歌声にはひじょうに高い保険金が掛けられるのは周知の事実である。これは次の評論によっても明らかである(17)。
一流のイタリアン・テノール歌手というものは常に貴重な存在であるが、過去20年間をみるとだんだん減少していっている。艶のある高い声を持ったラテン系の歌手を数えるとしたら、オペラ監督でも五指を越えることはない。……1921年にエンリコ・カルーソーが死んで以来、オペラ界は確実に衰退の道を歩んでいる。
今日のイタリアには昔よりも良い声の歌手が少なくなっている理由を考える場合、現代人の顔や歯列弓が狭小になっていることや未開種族の口蓋の形に変化が見られることが、この問題を解く新しい手がかりを与えてくれる。未開種族が今日の白人文明がもたらした食品を摂り始めるや、すぐ次の世代でも上記のような変化が見られるのである。

未開種族を考察すると、個人や種族社会の背後にある規制要因の内容や起源について、我々とはまったく異なった考え方をしていることに気がつくだろう。19世紀の中葉を研究したバックル氏(18)の画期的な労作、『文明の歴史』のなかで、彼はいくつかの重要な結論を示しながら長年の歴史研究の成果を総括している。そのうちのいくつかを引用してみよう。
2. 人間の行動は、物理世界の支配がそうであるように不変的かつ規則的な諸法則によって左右されていることは、歴史や、とくに統計資料によって立証ずみである。

3. 知的進歩を可能にする主たる要因は気候、土壌、食物、それに大自然のもつ諸力である。

6. 宗教、文学、政治は文明を作りだすものではなく、逆にその結果でしかない。
ここに示された重要な論点はオーソドックスなものではなかったため、ひじょうに痛烈な批判を受けたのであった。しかし、最近の新しい知識はバックル説を強力に支持している。

食生活と歯の問題に関する私の初期の研究は、永久歯が生えそろうずっと以前に、主として1歳から歯が生える時期までに起こる歯の成長異常に関するものであった。このような異常は歯に横線が入る事に影響が表われる。私は歯に横線の入る事が高度に加工されたベビー・フードの摂取に直接関連していることを突き止めた。このような問題について、図表入りの広範な内容のレポートを1913年に出版した(19)。

そのなかでは、歯の退化は歯が生えるずっと以前におこることがレントゲン写真によって明らかにされている。ただ、このような歯の退化が、今日使用されているベビー・フードとの関連でそれほど頻繁に起っているとはいいがたい。

近代の退化の問題は一般に2つのタイプにわけることができる。一つは身体の発育が完全になされているかどうか、もう一つはその機能が十分備わっているかどうかという点に関わるものである。後者には、個人の行動とか諸個人からなる集団の行動とかに現われる特徴が含まれており、ひいてはそれが国民性や国民文化といったものに関係してくるのである。

近代文明が徐々に衰退していく諸局面を列挙していく際に、個人における退化に関わる諸要因を分析することに加えて、個人の道徳律よりもその個人によって構成される集団全体の道徳律が優っているわけではないということを、心に留めておくことは重要である。近年国民全体にわたって退化が進行していることは、世界中で日常的に起っている事象を見れば、明らかである。個人の性格にみられる退化は、幼児期の初期に影響をふるう条件づけ要因に帰せられるところが大きく、したがって子どもの置かれる環境によって左右されるとみるのが今日の通説である。つまりこれらは後天的な条件づけ要因である。この点に関しては未開種族の経験が直ちに大いなる貢献をしてくれるところであり、これは、未開種族では子どもが生まれる前からもっと根本的な条件づけ要因が形成されていることを示唆している。したがってもし多くの個人より成る集団が生まれる前の条件づけ要因による影響を受けているならば、集団の退化という大きな問題に対しても新しい光が投げかけられるであろう。たとえば歴史は、いわゆる「暗黒の時代」に全盛を極めた集団退化の記録として、提供されることだろう。また、社会福祉に携わっているすぐれた研究者は、このようないくつかの集団退化が現在も進行中であると指摘している。オックスフォード大学のギリシャ語欽定講座の担当教授は、1937年の就任講演において次のような考察を行なっている(20)。
我々は思想の変革期のまっただなかに生きているが、もっとも意味深長で不安な要因は、コンスタンチンの治世以来、少なくともヨーロッパ文化にある種の外観上の道徳的統一を与えてきた倫理体系が破壊されたことである。
国際的な規範の衰退に関する講演の中でこの重要な論点に言及したA・ジメルン卿は、「最近の事態を見るとどんなに鈍い心の持ち主にも、国際的な価値基準がどれほど衰退していっているか、無政府状態がいかに暴力にくみして法と秩序の否認という形の脅威を与えているかを確信させるに充分である」と述べた。

個人および集団における道徳的な衰退が進行しつつあるという問題には大きな国際組織も注意を向けつつある。集団変革のリーダーの一人、クリーブランドのH・バートン市長は、1938年6月に行なわれたサンフランシスコでの国際ロータリー会議でこの問題を論じた際、ひじょうに重要なある問題を強調した。彼は、アメリカの少年たちが「国家を建設する」善良な市民かあるいは「国家を破壊する」劣悪な市民か、そのどちらをとるかという「厳しい選択を迫られている」と述べた。「民主主義の生命を救う場は、犯罪に対する防衛戦がくりひろげられる戦場でしかないだろう」。また彼によれば大工業都市というものは「民主主義が未だ経験したことのない、しかもきわめて尖鋭的な試練に立たされている(21)」戦場にたとえられるという。「何世紀もの間」という言葉に続けてこう述べている。
・・・・・・おもに我々は犯罪が起った後で犯人を探し出し逮捕する、ついで罰することによって犯罪者を良き市民へと導いたり駆りたてたりするといった方法によって、犯罪に立ち向かってきた。今日のひじょうに広範囲にわたる犯行と厖大な件数を考えれば、我々はこの犯罪の洪水を何とか押しとどめなくてはならない。我々は、それぞれの源に遡行して検討を加え、それを抑制し、さらに正常なものに転換することによって、この洪水を防止しなければならない。このために、我々は各地域社会で大きな洪水として生長しつつある非行少年たちを犯罪の広場から引き離し、良き市民の広場へと向け直さねばならない。
何としても制御しなければならない、この「洪水」のごとき犯罪の発生をもたらす原因が、ゆりかごよりずっと以前に存在しているとするなら、国民性を効果的に死守する方策も、今日の文化を受け継ぐべき若い世代に増えつつある退化現象を生み出している諸要因そのものに、その効き目が及ぶことが何よりも重要である。そうあって初めて、環境に対する個人の反応様式を決定する際に大きな影響を与える生得的な条件づけ要因から、個性とか個人の市民権を守ることもできるのである。

集団退化の問題が我々の現代文化においてもっとも急を要する問題であることは、国内問題や国際問題を研究する者たちがこの問題に関して切迫したアピールを行なっていることからも窺える。「現代を救う倫理宣言(22)」という一種の信念の宣言文には次のような誓いの言葉が添えられている。
偉大なる文明の伝統を維持するためにあらゆる機会をとらえて行動し、それをなそうとするすべての人々を保護し、そしてそれらを来たるべき世代に受け継がせることをここに誓います。私は、来たるべき世界において、真実、寛容および正義を守ることをこの上なき価値と認めます。
この著者は、現代にいたる文化の進歩というものが今後も続くのをあたりまえのことのように考えることには大きな危険が伴うことを強く説いている。おそらく今日の退化の問題のなかでも、集団レベルの退化の問題ほど、蓄積されてきた未開人の知恵が光明を投げかけてくれるものはないであろう。未開の人々の家庭と個人の生活はひじょうにしっかり組織されているので、個人の行動様式と性格を確立する様々な要因も、その内容は社会によって規制されている。

現代の退化の問題は、個人と集団の両者の運命の将来に関わるものである。したがって、この問題に対する私たちの研究方法は、第一に個人の退化に関わりのある諸要因を厳密に検討することから始まる。

人間の顔と歯の諸器官の退化の原因に関する私の研究では、病気にかかった個人と患部組織の研究をもとにして退化の問題を解決する方法論を発見することはできなかった。2巻からなる私の著書『歯科疾患』では、第1巻に「歯科疾患、口腔および組織系疾患」、第2巻に「歯科疾患と退化病(23)」という題がつけられている。そこでは、この退化の問題に光をあてようとして私自身が行なった研究について多くのぺ一ジを割いて論じている。それによれば、退化の要因が患部組織にあるのではなくむしろそうした好ましからざる状態は、患部に何かがあるためではなく何かが欠乏しているために起こるということが指摘できるようである。このことは、対照集団として用いることができるほど完壁な身体をもった成員からなる集団を探し出す必要があるということを、端的に物語っている。こうした集団を発見する目的から、私は今問題にしている退化の過程とは無縁な未開種族を探し求める決心をしたのである。そうすれば、彼らがいったい文明人にはないどんなものをもっているかがわかるはずである。現地調査のために、何年間かを費して世界中いろいろな所へと私は出かけることとなった。以下の章では、まず第一に孤立することによって文明から保護されている未開社会、第二に近代文明と接触をもった未開種族の社会で行なった調査研究を紹介しよう。

引用文献


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